記事紹介の留意事項 |
京都 |
2013/03/28 |
刊 | 面 | No .N411k130328xxx |
||||||
北海道/北海道 |
北海道大 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20130328000129 | ||||||||||
見出し: アイヌ遺骨収集、記録なくずさん 北海道大が報告書 |
||||||||||
メモ : 北海道大(北海道)の三上隆副学長は2013年3月28日、研究のため道内や樺太で収集したアイヌ民族の遺骨約千体について記者会見し「墓地発掘の経緯や方法の詳細な記録がなく、保管方法がずさんだったことは否定できない」と述べ、管理に問題があったとの認識を示した。 北大は、アイヌ民族を先住民族と認める国会決議を受け、収蔵遺骨の調査を2010年4月に開始。この日、報告書をまとめ公表した。 三上副学長によると、千体程度とみられていた遺骨は1014体と判明。十分な記録がなく、個人を特定できたのは19体だった。遺族らが希望し、先祖を祭る立場と確認できれば返還する。 |
朝日 |
2012/09/12 |
刊 | 面 | No .N411a120912xxx |
||||||
北海道/札幌市 |
北大医学部 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0912/TKY201209120213.html | ||||||||||
見出し: アイヌ民族子孫、北大を提訴へ 先祖の遺骨返還求める |
||||||||||
メモ : 北海道大学が研究目的でアイヌ民族の墓地から遺骨を掘り起こし、収集したのは信教の自由の侵害などにあたるとして、子孫3人が北大に遺骨の返還と慰謝料各300万円の支払いを求める訴えを2012年9月14日に札幌地裁に起こす。原告代理人によると、アイヌ民族の遺骨返還をめぐって訴訟になるのは極めて珍しいという。 提訴するのは、札幌市の小川隆吉さん(77)、北海道浦河町の城野口ユリさん(79)と70代女性。 訴えによると、3人の出身地の浦河町杵臼では1931(昭和6)年〜55(同30)年ごろ、当時の北大医学部教授らがアイヌ民族の墓地で遺骨を掘り起こして収集した。北大の開示資料には、この地区で約10体を掘り起こしたとの記載があるが、原告らはもっと多かったと主張。先祖78人の遺骨が北大に保管されている可能性があるとして、返還を求める。 |
京都 |
2012/01/21 |
刊 | 面 | No .N411k120121xxx |
||||||
北海道/江別市 |
アイヌ民族党 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20120121000089 | ||||||||||
見出し: アイヌ民族党が結党大会、政界へ 「多文化共生社会を」 |
||||||||||
メモ : アイヌ民族の声を直接国政に反映させることを目指す政治団体「アイヌ民族党」が2012年1月21日、北海道江別市で結党大会を開き、2013年の参院選比例代表に候補者10人を擁立するなどの活動方針を決めた。 大会では「アイヌ民族の権利回復と多文化・多民族共生社会の実現を図る」との「結党の理念」を承認。代表にアイヌ民族の元参院議員、故萱野茂氏の次男の萱野志朗氏、副代表に詩人の宇梶静江氏らが就任した。 萱野代表は「自然と調和して生きてきたアイヌの価値観に基づく政策を実現したい」と述べた。 基本政策に、幼稚園から大学までのアイヌ民族教育機関を設置、などを掲げた。 |
京都 |
2010/01/22 |
刊 | 面 | No .N411k100122xxx |
||||||
女 |
64 |
北海道立アイヌ総合センター/津田命子 |
||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2010012200121&genre=K1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ文様を多くの人に 伝統刺しゅうの技法紹介 |
||||||||||
メモ : 独特の曲線などで知られるアイヌ文様の伝統的な刺しゅう技法を多くの人に知ってもらおうと、北海道立アイヌ総合センター学芸員の津田命子さん(64)が「アイヌ刺しゅう入門―カパラミプ編」を刊行した。 文様を描いた木綿布を切り抜いて生地に縫い止め、その上から刺しゅうする「カパラミプ」と呼ばれる技法を、写真や図を多用し紹介している。 津田さんによるとアイヌ文様はもともと、人の体内に病魔などが入り込むのを防ぐため、着物の袖口などに刺しゅうを施したのが始まり。18世紀中ごろから、着物全体に文様が使われるようになったという。 「アイヌ民族の物作りの手法を子々孫々にまで伝えたかった」と津田さん。税込み1575円。問い合わせは出版元のクルーズ、電話011(242)8088。 |
京都 |
2009/11/23 |
刊 | 面 | No .N411k091123xxx |
||||||
京都市/中京区 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009112300026&genre=M1&area=K00 | ||||||||||
見出し: アイヌの生活たどる資料 京都文博で企画展 |
||||||||||
メモ : 世界無形文化遺産登録を記念する「アイヌの美」展と「受け継いでいく祇園祭」展(京都新聞社など主催)が2009年11月23日から、京都市中京区の京都文化博物館で始まる。 「アイヌの美」展は、ロシア民族学博物館所蔵品など計227点を紹介。1912年から13年にかけ収集されたコレクションで、イラクサの糸で織られた晴れ着や、日本には現存しない病気治癒を祈願した帽子や帯など、貴重な資料で民族の生活を網らする。幕末の絵師平沢屏山がアイヌの狩猟や祭祀などを描いた絵12点(オムスク造形美術館蔵)も初公開される。 「受け継いでいく祇園祭」展は、江戸前期の祇園祭礼図屏風や、放下鉾懸装品、大船鉾の宵山飾り再現展示など82点で、祭りの歴史と現在を一望する。 22日には「アイヌの美」展の開会式が行われ、美しい紋様に彩られた展示品を招待客が熱心に見入った。23日午後1時からは同館別館で「アイヌ文化フェスティバル」があり、世界無形文化遺産に登録されたアイヌ古式舞踊が披露される。 いずれも1月11日まで。23日を除く月曜と24日、12月28日〜1月4日休館。有料。 |
朝日 |
2009/11/07 |
刊 | 面 | No .N411a091107xxx |
||||||
東京都/中野区 |
レラ・チセ |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/1107/TKY200911070114.html | ||||||||||
見出し: アイヌ料理「レラ・チセ」閉店へ 文化発信、歴史15年 |
||||||||||
メモ : 首都圏のアイヌ料理店として親しまれ、文化の発信や交流の拠点となってきた「レラ・チセ」(東京都中野区新井)が2009年11月7日に閉店し、15年の歴史に幕を下ろす。 レラ・チセ(アイヌ語で「風の家」の意味)は首都圏のアイヌ民族の団体「レラの会」が中心になり、1994年5月、東京都新宿区西早稲田に開店した。 2000年に中野に移転、ギョウジャニンニクやエゾシカの肉など北海道直送の素材を生かしたメニューを提供してきた。また、店はアイヌ語教室など民族文化継承の場としても活用されていた。 しかし、不況下で売り上げが減り、赤字経営が続いたため、閉店を決断したという。店長の松田弘治さん(46)は「閉店しなければならないことは残念だ。店があったことでアイヌ民族の存在を知ってもらう役割を果たすことができたと思う」と話す。 7日は午後5時から11時まで営業するという。 管理人:レラの会に関するサイト紹介はこちら レラの会の著書「レラ・チセへの道 こうして東京にアイヌ料理店ができた」図書紹介はこちら |
京都 |
2009/06/27 |
刊 | 面 | No .N411k090722xxx |
||||||
アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009072200238&genre=A1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ新法の必要性明記 政府有識者懇の報告書案 |
||||||||||
メモ : 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長・佐藤幸治京大名誉教授)の報告書案全文が2009年7月22日、明らかになった。政府がアイヌ民族を対象に生活・教育支援などに取り組むとの「国の姿勢と覚悟を法律で示すことが大きな意義を持つ」と指摘し、新法制定の必要性を明記した。 一方、政府は同日までにアイヌ政策の具体的な内容を審議する新たな機関を年度内にも設置し、2010年度にはアイヌを対象とした全国規模の生活実態調査を実施する方針を固めた。これまでは道内に限定されてきたアイヌの生活実態が初めて明らかになりそうだ。 報告書案は29日の会合で正式決定され、同日、河村建夫官房長官に提出される。同案は、一般の国民より厳しい水準にある生活の向上施策の必要性を打ち出す一方、アイヌ語継承が極めて深刻な状況にあるなどと指摘。文化振興や伝承を担えるようにするための生活支援や、アイヌ語指導者の育成など、報告書が示している政策に直ちに取り組むことも求めている。 アイヌの歴史や現状に対する理解が、一般の国民や企業のレベルで深められるべきだとも強調。一部の私立大がアイヌの優先入学枠を設けていることを例に挙げ、一般企業もアイヌの大学卒業生を積極的に受け入れるよう期待を示している。 報告書案は約40ページで、半分近くを使い、アイヌの歴史などを説明。「国には先住民族であるアイヌの文化の復興に配慮すべき強い責任がある」と繰り返し強調している。 |
京都 |
2009/06/27 |
刊 | 面 | No .N411k090627xxx |
||||||
アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009062700125&genre=A1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ民族の生活向上支援を 政府有識者懇の報告書素案 |
||||||||||
メモ : 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長・佐藤幸治京大名誉教授)の報告書素案が2009年6月27日、明らかになった。アイヌ民族と他の国民との間に残る格差の解消のため、アイヌを対象とした生活向上支援の必要性を打ち出したのが特徴。アイヌ文化の復興に対する国の責務も明記した。 懇談会委員の加藤忠北海道アイヌ協会理事長や高橋はるみ北海道知事らは施策実現のための新法制定を求めており、7月末にまとまる報告書には立法措置についても盛り込まれる見通しだ。 素案は、アイヌを「先住民族」と明記。国の同化政策などがアイヌ文化に深刻な打撃を与えたと指摘し「文化の復興に責任を負うのは国であり、国が主体となって政策を立案、遂行しなければならない」としている。 生活水準や教育の格差が、差別につながり「アイヌとして誇りを持って生きるという選択を妨げている」とし、現在は北海道が道内在住者に限定して行っている就学などの生活支援を、国が全国各地のアイヌに実施することも求めている。 |
京都 |
2009/05/13 |
刊 | 面 | No .N411k090513xxx |
||||||
北海道/札幌市 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009051300209&genre=G1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ民族に特別入学枠 札幌大、新奨学生制度を計画 |
||||||||||
メモ : 札幌大(札幌市)は2009年5月13日、文化学部にアイヌ民族の子弟を対象にした特別入学枠を設け、アイヌ文化の担い手として育成する奨学生制度などの新設を計画していることを明らかにした。順調に行けば、6月の理事会での承認などを経て新制度スタートが決まる。 計画案では、毎年一定の入学枠を設け、奨学金支給などの経済的な支援を実施。企業にアイヌ民族の優先雇用枠の設定を要請するなど就職面での支援も行う。担い手育成では、「副専攻」としてアイヌの伝統文化や歴史を勉強してもらう。自らの歴史を十分知らないアイヌの若者が多いことなどを踏まえた。 またアイヌの子弟と一般学生や留学生が一緒にアイヌ文化に関する活動をし、全学生が多文化共生社会の在り方を学び合うことも目指している。 文化学部の本田優子部長は「全学生がお互いを育て合う関係が育ってくることを期待したい」としている。 北海道が2006年に実施した「道アイヌ生活実態調査」ではアイヌの大学進学率は17.4%。地域の全体的な進学率とは倍以上の開きがある。 |
京都 |
2009/04/25 |
刊 | 面 | No .N411k090425xxx |
||||||
北海道 |
世界先住民族ネットワークAINU | |||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009042500157&genre=C4&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌの権利回復目指す 世界先住民族ネット発足 |
||||||||||
メモ : 世界各国の先住民族との情報交換や連帯を目的に、アイヌ民族の有志らが参加する「世界先住民族ネットワークAINU」の設立総会が25日、札幌市内で開かれた。設立メンバーは、アイヌのほか大学教授や一般市民など計約400人。 萱野志朗代表(51)はあいさつで「(アイヌにとって)新たな一歩を、きょう迎えた。権利回復のため、今後さまざまな活動をしていきたい」と述べた。 同ネットワークは今後、自決権や土地に関する権利の回復などを目指し、政府の取り組み状況などを各国の先住民族らと情報交換する。また社会的経済的に厳しい環境に置かれた海外の先住民族の支援、文化を伝承する次世代のリーダー育成などを行っていくという。 2008年7月、世界11カ国20以上の民族が参加し、北海道平取町などで開いた「先住民族サミット」で築いた人脈を生かそうと、同サミット実行委員会のメンバーらが設立を提唱した。 |
京都 |
2009/04/01 |
刊 | 面 | No .N411k090401xxx |
||||||
北海道 |
北海道ウタリ協会・北海道アイヌ協会 | |||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009040100026&genre=C4&area=Z10 | ||||||||||
見出し: 北海道アイヌ協会に改称 半世紀ぶり、民族名冠す |
||||||||||
メモ : アイヌ民族の団体、北海道ウタリ協会(加藤忠理事長、会員約3570人)は2009年4月1日、約半世紀ぶりに民族名を冠した「北海道アイヌ協会」に名称を変更した。政府が2008年6月、先住民族と初めて認めるなどアイヌへの理解が広がる中、民族団体としての存在感を高める狙いがある。 同協会は1946年、アイヌの社会的地位の向上などを目的に「北海道アイヌ協会」として発足した。だが当時「アイヌ」という言葉に対し「差別的な意味で使われている」などの意見があり、1961年に仲間を意味する「ウタリ」を使った現名称にした。 国連が2007年9月「先住民族の権利に関する宣言」を採択するなど、国内外でアイヌや先住民族の権利を尊重する動きが強まっており、ウタリ協会は2008年5月の総会で改称を決めていた。 |
朝日 |
2009/02/20 |
刊 | 面 | No .N411a090220xxx |
||||||
国連教育科学文化機関(ユネスコ) |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0220/TKY200902200176.html | ||||||||||
見出し: 世界2500言語消滅危機、ユネスコ「日本は8語対象」 |
||||||||||
メモ : 世界で約2500の言語が消滅の危機にさらされているとの調査結果を、国連教育科学文化機関(ユネスコ、本部パリ)が2009年2月19日発表した。日本では、アイヌ語が最も危険な状態にある言語と分類されたほか、八丈島や南西諸島の各方言も独立の言語と見なされ、計8言語がリストに加えられた。 調査は、全世界で6千前後あるといわれる言語を調査。538言語が最も危険な「極めて深刻」に分類された。続いて「重大な危険」が502語、「危険」が632語、「脆弱」が607語だった。 また、1950年以降消滅した言語が219語にのぼった。最近では2008年、米アラスカ州でイヤック語が、最後の話者の死亡で途絶えた。 日本では、アイヌ語について話し手が15人とされ、「極めて深刻」と評価された。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構(札幌市)は「アイヌ語を日常的に使う人はほとんどいない」としている。 このほか沖縄県の八重山語、与那国語が「重大な危険」に、沖縄語、国頭(くにがみ)語、宮古語、鹿児島県・奄美諸島の奄美語、東京都・八丈島などの八丈語が「危険」と分類された。ユネスコの担当者は「これらの言語が日本で方言として扱われているのは認識しているが、国際的な基準だと独立の言語と扱うのが妥当と考えた」と話した。 ユネスコは1996年と2001年にも危機にさらされている言語調査を実施。今回は30人以上の言語学者を動員して全世界を包括的にカバーする例のない規模の調査となった。目的について、ユネスコは「言語は常に変化する。その変化の実態を知るため」と説明。今後継続的に調査を続けるという。 ユネスコのフランソワーズ・リビエール事務局長補は「言語消滅の原因には、次世代に伝える意思を失うという心理的要素が大きい。自信を持って少数言語を話せるよう条件づくりに努めたい」と話している。 ◇ 崎山理・国立民族学博物館名誉教授(言語学)の話 方言と言語の区別は明確ではなく、政治的に決まってくる部分もある。私は話し手が固有の文化を持っていれば、独立した言語とするべきだと思う。琉球諸島では、かつてはそれぞれの島の言葉は大きく異なっていたが、交通が盛んになるにつれて元の形が失われている。単一民族神話も手伝って、日本で話されている言語は一つだけと思われがちだが、実は多様性があることを知ってほしい。 ◇ 西岡敏・沖縄国際大准教授(琉球方言学)の話 沖縄のほとんどの言語は危機にひんしている。言語を文化遺産として認識し、保全していくことは重要だ。ただ、沖縄では村ごとに言葉が違うと言われる。今回のような大きな枠組みでくくることが正しいのか、そこで漏れたもっと少数派の方言をどうするか、など考えなければならない点もあるだろう。 |
京都 |
2008/09/20 |
刊 | 面 | No .N411k080920xxx |
||||||
北海道/白老町 |
アイヌ民族博物館 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008092000029&genre=M1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌのユーカラがデジタル絵本に 博物館がネット公開 |
||||||||||
メモ : 北海道白老町のアイヌ民族博物館が、アイヌ語で語り継がれてきたウエペケレ(昔話)やユーカラ(叙事詩)を基に「デジタル絵本」を制作、ホームページで公開した。アイヌの世界観や精神文化に触れることで、文化伝承への関心が高まることを期待している。 同博物館は1970年代から「貴重な口承文学を一つでも多く後世に残そう」と、アイヌのお年寄りにユーカラなどを語ってもらい、テープに収録してきた。 今回、クマなど獲物を大切に扱い、魂を神の国に戻す儀式を行うよう説いた「パナウンペとハルニレの木」など7話を選び、アイヌ語研究者らの協力も得て文字に起こし、和訳した。 各話の冒頭の約10秒間、伝承者だったフチ(老婦人)のアイヌ語の肉声が流れ、続いて日本語で話が読み上げられる。同博物館は話の本数を今後も増やしていく計画だ。 同博物館学芸員の北原次郎太さん(32)は「絵本をきっかけに多くの人にアイヌの物語に興味を持ってもらいたい」と話している。 管理人:アイヌ民族博物館のサイト紹介はこちら |
京都 |
2008/08/11 |
刊 | 面 | No .N411k080811xxx |
||||||
アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008081100135&genre=A1&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ懇談会が初会合 来夏に政策提言 |
||||||||||
メモ : 政府は2008年8月11日、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の初会合を官邸で開いた。国会決議を受け先に「先住民族」と認めたアイヌ民族の生活向上などに向けた施策を幅広く検討し、来年夏に提言をまとめる方針だ。 町村信孝官房長官はあいさつで「差別され、困窮を余儀なくされたアイヌが多数に上るという歴史的事実を厳粛に受け止める」と強調。その上で「新しい総合的なアイヌ施策の確立に取り組みたい」と述べた。 懇談会メンバーはアイヌ民族である加藤忠北海道ウタリ協会理事長、高橋はるみ北海道知事ら8人で、この日は座長に佐藤幸治京大名誉教授を選出。佐藤氏は終了後の記者会見で「アイヌの人たちにとって何が一番大事か見定め、国民に理解される結論を得たい」と語った。 懇談会は今後月1回のペースで開催。短期、中長期それぞれの課題に分けて議論を進め、関係者からのヒアリングや現地視察も実施する。9月には加藤ウタリ協会理事長からアイヌの現状について詳しい事情を聴く予定。 |
朝日 |
2008/06/06 |
刊 | 面 | No .N411a080606xxx |
||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/politics/update/0606/TKY200806060054.html | ||||||||||
見出し: 「アイヌ民族は先住民族」政府に認定求める国会決議採択 |
||||||||||
メモ : アイヌ民族を先住民族として認め、関連する政策をさらに推進するよう政府に求める国会決議が、2008年6月6日午前の参院本会議で全会一致で可決、採択された。同日午後には衆院本会議でも採択される。 決議は、(1)アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族として認める(2)高いレベルで有識者の意見を聴き、アイヌ政策をさらに推進する――の2点を政府に求めている。 また、「我が国が近代化する過程で、法的には等しく国民でありながらも差別され、貧窮を余儀なくされた歴史的事実を私たちは厳粛に受け止めなければならない」と、歴史的経緯にも言及している。 政府はアイヌ民族を明確に先住民族と認めておらず、ただちに見解を変更する考えはないものの、アイヌ民族の尊厳回復のあり方を検討する有識者会議を新設し、アイヌ政策に取り組んでいく方針だ。 決議は、2007年9月に国連で「先住民族の権利に関する宣言」が日本も賛成して採択されたことや、北海道洞爺湖サミット開催を機に、採択の機運が高まった。超党派の「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」が文案をまとめ、一部を修正した。 |
朝日 |
2008/06/06 |
刊 | 面 | No .N411a080606xxx |
||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/politics/update/0606/TKY200806060110.html | ||||||||||
見出し: 「アイヌの人々は先住民族」官房長官、決議受け表明 |
||||||||||
メモ : アイヌ民族を先住民族として認め、関連する政策をさらに推進するよう政府に求める国会決議が、2008年6月6日の衆参両院本会議で全会一致で可決、採択された。町村官房長官は決議を受けて所信を表明し、アイヌ民族について「先住民族」との認識を表明した。 町村官房長官は「アイヌの人々が日本列島の北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であるとの認識のもと、国連宣言における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組む」と述べた。 政府は1996年の有識者懇談会報告書でアイヌ民族の先住性と民族性は認めた。だが、「先住民族」の表現は、定義がはっきりしないなどとして使ってこなかった。2007年9月に日本も賛成して国連で採択された「先住民族の権利に関する宣言」では、先祖伝来の土地の権利など幅広い権利を認めており、明確に先住民族と認めた場合、土地補償などの権利の主張が頻発しかねないとの懸念があるためだ。 決議は、(1)アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族として認める(2)高いレベルで有識者の意見を聴き、アイヌ政策をさらに推進する――の2点を政府に求めており、町村氏はこの決議文を引用する形で、「先住民族」と言及した。ただ、この発言がどの程度、アイヌ民族の権利の保障につながるかは不透明。政府関係者は町村氏の発言について政府方針の転換ではないと説明している。 町村長官は、決議文で多数のアイヌの人々が「我が国が近代化する過程において、法的には等しく国民でありながらも差別され、貧窮を余儀なくされた」とした部分について「政府として改めてこれを厳粛に受け止めたい」と語った。政府は6日午後、官房長官談話を発表し、アイヌ民族の尊厳回復のあり方を検討する有識者会議を新設し、アイヌ政策に取り組むことを表明する方針だ。 |
朝日 |
2008/05/16 |
刊 | 面 | No .N411a080516xxx |
||||||
北海道/札幌市 |
北海道ウタリ協会 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0516/TKY200805160292.html | ||||||||||
見出し: ウタリ協会、アイヌ協会に 来春、半世紀ぶり名称変更 |
||||||||||
メモ : アイヌ民族最大の団体「北海道ウタリ協会」(会員3553人)は2008年5月16日、札幌市内で総会・代議員会を開き、協会の名称を2009年4月1日から設立当時の「北海道アイヌ協会」に変更することを決めた。ほぼ半世紀ぶりに名称を戻すことになる。 アイヌ語で「アイヌ」は「人間」、「ウタリ」は「同胞」の意味。1946年に北海道アイヌ協会が設立されたが、「アイヌという言葉が差別的な意味で使われていたことがあり、入会時などの心理的な抵抗を軽減させる」などの理由で1961年に名称変更。これまで何回か元に戻す議論があったが、会員の間には「差別はまだ残り、名称変更には抵抗感がある」との意見が根強く、見送られてきた。 だが、1997年のアイヌ文化振興法制定などに伴って民族や文化への理解が進んできた社会的背景の変化などから、民族の本来の呼称である「アイヌ」に戻すべきだという声が強まった。国会でもアイヌ民族を先住民族と認める決議を目指す動きが活発化している。加藤忠理事長は「国に対する働きかけを考えても、名称を変えるのに機が熟したと判断した」と話している。 管理人:社団法人 北海道ウタリ協会のサイト紹介はこちら |
朝日 |
2008/05/05 |
刊 | 面 | No .N411a080505xxx |
||||||
北海道 |
アイヌ文化振興・研究推進機構 |
|||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/edu/news/OSK200805050010.html | ||||||||||
見出し: アイヌ文化 見て学んで 副読本を改訂 |
||||||||||
メモ : 北海道内の小学4年生と中学2年生の全員に配られる副読本「アイヌ民族――歴史と現在」が今春、8年ぶりに改訂された。2000年度版と比べて、現代におけるアイヌ文化の復興運動を取り上げ、「自然との共生」という特色をもったアイヌ文化から環境保護などの知恵を学ぶ、という姿勢も打ち出している。 財団法人「アイヌ文化振興・研究推進機構」(本部・札幌)が制作し、「未来を共に生きるために」という副題がついている。小4用、中2用ともB5判48ページ。道外の学校図書館などにも無料で配布する。問い合わせはアイヌ文化振興・研究推進機構(011・271・4171)へ。 北海道内の小学4年生と中学2年生の全員に配られる副読本「アイヌ民族――歴史と現在」が今春、8年ぶりに改訂された。2000年度版と比べて、現代におけるアイヌ文化の復興運動を取り上げ、「自然との共生」という特色をもったアイヌ文化から環境保護などの知恵を学ぶ、という姿勢も打ち出している。 「未来を共に生きるために」という副題が付いたこの副読本は、財団法人「アイヌ文化振興・研究推進機構」(本部・札幌)が制作した。2008年度版は、小4用、中2用ともB5判48ページで2000年度版と同じ厚さだが、イラストや写真、図表を増やし、「見て学べる」という要素を重視した=写真。教材で使う際にコピーしやすいように、見開きごとに一つのテーマが完結するなど編集にも工夫を凝らした。 内容では、現代に関する記述を増やした。 小4用では、アイヌ文化復興に向けた取り組みや、伝統の文様を生かした現代アートも取り上げ、カムイ(神)やチャランケ(話し合い)といった民族の思想を特徴づける言葉の解説もある。「子どもやお年寄りが大切にされる社会」「物を大切にし、自然とともに生きる民族」といった価値観を解説し、現代の日本人が学ぶべきものを示している。 中2用では、アイヌ語の紹介に紙幅を割き、巻末には歌も掲載した。祭事用の植物を得るため古来の自然環境を復元するイオル再生事業や、国連の「先住民族の権利に関する宣言」も詳しく解説。「諸民族の文化や価値観を尊重することによって平和で民主的な世界を実現すべきだ」としめくくっている。 機構の阿部範幸・事業2課係長は「日本が多文化共生社会を目指すうえで、アイヌ民族とその文化が果たす役割を描くとともに、アイヌ文化が生んだアートや思想が21世紀の世界に貢献する、というメッセージを込めた」と話す。 副読本は道外の学校図書館などにも無料で配布する。問い合わせは、アイヌ文化振興・研究推進機構(011・271・4171)へ。 |
朝日 |
2008/03/24 |
刊 | 面 | No .N411a080324xxx |
||||||
アイヌウタリ連絡会 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0323/TKY200803230259.html | ||||||||||
見出し: 「先住民族と認めて」 首都圏のアイヌの人々が署名集め |
||||||||||
メモ : アイヌ民族を日本の先住民族として認めるよう政府に要望するため、首都圏に暮らすアイヌの人びとでつくる「アイヌウタリ連絡会」(丸子美記子代表)のメンバー約30人が2008年3月23日、手縫いの刺繍を施した「アミップ」(民族衣装)を着て、東京・有楽町の街頭で署名集めをした。 国連は2007年9月の総会で「先住民族の権利に関する宣言」を採択。だが、宣言に賛成した日本政府の動きが鈍いことから街頭活動にのり出した。 首都圏に住むアイヌは約1万人と推定されるが、差別体験から隠して暮らす人が少なくないという。千葉県の村上恵さん(23)は「政府が認めないため、アイヌがアイヌであることを堂々と語れない。先住民族でないなら私たちは何なんでしょうか」と話した。 会では、北海道・洞爺湖での7月のG8サミットに向けて政府や国会議員への働きかけも強める方針だ。 |
京都 |
2007/12/29 |
刊 | 面 | No .N411k071229xxx |
||||||
北海道/白老町 |
||||||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007122900061&genre=C4&area=Z10 | ||||||||||
見出し: アイヌ民族を先住民と明記 北海道白老町「基本方針」 |
||||||||||
メモ : 北海道白老町は2007年12月29日までに、アイヌ民族を「先住民」と明記した「白老町アイヌ施策基本方針」を策定した。政府は「定義があいまいだ」としてアイヌを先住民族や先住民と認めておらず、公式文書で明記されたのは全国の自治体でも初めてとみられる。札幌市など「基本方針」の策定を検討している他の自治体にも影響を与えそうだ。 基本方針は、アイヌの誇りを高めることや、アイヌへの正しい認識や理解を深めるのが目的。学識経験者らでつくる協議会が2005年から議論を進め、まとめた。 前文の中で「アイヌ民族は、先住民として白老町の歴史の基礎を築き上げてきた」と明記。5つの重点施策も掲げ、その中で (1)アイヌ語など文化の復元と創造的継承への継続的支援 (2)アイヌ文化に関する産業の創出 −などを打ち出している。 町は今後、基本方針に基づく振興事業計画などの立案を進める予定だ。 |
京都 |
2005/08/07 |
刊 | 面 | No .N411k050807xxx |
||||||
東京都 |
レラの会 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 東京でアイヌ民族供養の式/同化教育施設の跡地で |
||||||||||
メモ : 首都圏に住むアイヌ民族の団体「レラの会」(長谷川修会長)などが2005年8月7日、明治初期に同化教育の施設があった東京都港区の芝公園で、先祖供養の儀式「イチャルパ」をした。 施設は「開拓使仮学校付属北海道土人教育所」の名称で1872(明治5)年に設置、日本語や農業などを教えた。北海道と千島列島(クリール諸島)から38人のアイヌが連れてこられたが、生活環境が激変し、病気などで4人が死亡。教育所はわずか2年で廃止された。 儀式は今回が3回目で、約70人が参加。民族衣装を着た約20人が、アイヌ語でカムイ(神)に祈りをささげた後、公園に設けた祭壇に酒や果物を供え、教育所のアイヌやそれぞれの先祖を供養した。 長谷川さんは「『教育所』の歴史的事実や、アイヌが先住民族であることを、もっと多くの人に知ってもらいたい」と話していた。 管理人:レラの会に関するサイト紹介はこちら |
京都 |
2004/06/05 |
刊 | 面 | No .N411k040605xx |
||||||
滋賀県/草津市 |
||||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 参加者がアイヌ料理りに取り組む/草津市で多文化交流講座が始まる |
||||||||||
メモ : 食文化を通じてさまざまな民族の文化や歴史を学ぶ滋賀県草津市の多文化交流講座が2004年6月5日、同市野村3丁目の市人権センターで始まった。初日は、女性の視点で活動する「アイヌの女の会」代表で札幌市在住の島崎直美さんが、アイヌ料理を教えた。 市人権センターが、アイヌと韓国、沖縄の3つの文化を、食文化を通じて学ぶ目的で開いた。 講座には約20人が参加。島崎さんが、近代以降の同化主義や自然環境の変化で、アイヌの食文化が変化してきたことなどを話した。続いて、キハダの実を使うアイヌの儀式に欠かせない料理のタラシケプと、揚げたコンブを混ぜた団子のコンプシトを作った。島崎さんは「自然とのかかわりが強かったアイヌの文化を理解してほしい」と話していた。講座は7月10日まで、計3回開かれる。 |
朝日 |
2004/05/04 |
刊 | 面 | No .N411a040504xxx |
||||||
東京都 |
レラの会 |
女 |
70 |
佐藤タツエ |
||||||
シリーズ・特集; http://www.asahi.com/national/update/0504/017.html | ||||||||||
見出し: 首都圏初のアイヌ料理店十周年/誇り伝えた女性店主追悼 |
||||||||||
メモ : 1人のアイヌ女性が2003年末、がんで逝った。佐藤タツエさん(享年70)。東京・西早稲田に首都圏初のアイヌ料理店を開き、アイヌ民族の文化と誇りを若い世代に語り継いだ。口癖は「バカにされるな」。厳しく、優しかった。2004年5月5日、「アイヌ文化が風に乗って広がるように」と願いを込めた料理店「レラ・チセ」(アイヌ語で風の家)は、開店10周年を迎える。 「ビシッとしろよ。だからバカにされるんじゃないか」 仕事がなく、やけ酒でも飲んだのか、ある晩、深酔いして店にやってきたアイヌの男を、大声で怒鳴りつけた。でも、それだけではない。「誇りを忘れるな」と諭し、店の料理をごちそうした。自分が貧しくても客には盛大に振る舞う。そんなアイヌ文化を誰よりも大切にした。 北海道帯広市に生まれ、30歳で上京。1983年、首都圏の同胞らで「レラの会」を結成し、「関東にもアイヌの拠点を作りたい」とカンパを集めて店を開いた。 ギョウジャニンニクなど自然の素材を使った料理や、月に一度のアイヌ語教室に、自らのルーツを探ろうとするアイヌの若者たちが集まった。東京・中野に店を移した2000年前後から体調を崩したが、店を休まなかった。「レラ・チセを頼む」。それが最期後の言葉だ。 店は今、遺志を引き継ごうと、新しく店長になったレラの会会長の長谷川修さん(55)らによって運営されている。 西新宿の常圓寺で5日開かれる式典では、佐藤さんや店の10年間の歩みを記録したビデオが上映される。長谷川さんは「情報を発信し続けることで、アイヌと名乗ることがプラスになるような社会を作り上げていきたい」と話している。 管理人:レラの会に関するサイト紹介はこちら レラの会の著書「レラ・チセへの道 こうして東京にアイヌ料理店ができた」図書紹介はこちら |
京都 |
2004/04/02 |
刊 | 面 | No .N411k040402xxx |
||||||
北海道/釧路市 |
釧路アイヌ語の会/山本多助 |
|||||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2004apr/02/CN2004040201001986C2Z10.html | ||||||||||
見出し: アイヌ語の釧路方言辞典/地域的空白埋める労作 |
||||||||||
メモ : 北海道釧路市でアイヌ語学習に取り組む「釧路アイヌ語の会」(松本成美会長)が、アイヌ語の釧路地方方言を収めた初めての辞典「アイヌ語釧路方言語彙(ごい)」を刊行した。 言語学者の故服部四郎氏が、北海道の日高や旭川など8地方の方言をまとめて1964年に編集した代表的文献「アイヌ語方言辞典」には、釧路地方の方言は収められてなく、地域的な空白を埋める辞典となった。 辞典は見出し語が約2200語で、430ページ。釧路アイヌの故山本多助氏が全編カタカナで著した「アイヌ・モシリ」などの諸資料を基に単語を収集、5人のアイヌ語話者や研究者の協力を得て編集した。 アイヌ語は、単語の約8割は地域間の差がない共通語だが、2割は地域独特の方言とされる。辞典には、山本氏が残した日本の昔話「かぐや姫」のアイヌ語訳など例文も豊富に盛り込んだ |
京都 |
2004/02/09 |
刊 | 面 | No .N411k040209xxx |
||||||
USA/ニューヨーク |
ミュージック・フロム・ジャパン |
|||||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2004feb/09/CN2004020901002441G1Z10.html | ||||||||||
見出し: NYでアイヌ音楽初披露/OKIさんら民俗楽器演奏 |
||||||||||
メモ : 米国で日本の現代音楽を紹介しているミュージック・フロム・ジャパン(MFJ、理事長・三浦尚之福島学院大教授)が2004年2月8日、ニューヨーク・マンハッタンのマーキン・コンサートホールでアイヌ音楽のコンサートを開催した。MFJによると、米国でのアイヌ音楽のコンサートは初めて。 「アイヌ音楽・文化と伝統」と題した公演には、伝統弦楽器トンコリの奏者OKI(オキ)さんの率いるグループ総勢7人が出演。トンコリやムックリ(口琴)の調べに合わせた伝統的な歌やリズムに加え、現代風にアレンジした躍動感あふれる曲も披露した。 観客の1人で画家のドロシー・クラカウアさん(64)は「曲の美しさと優しさに魅せられた。新旧両方の曲が聴けて楽しかった」と話していた。 |
京都 |
2003/11/24 |
刊 | 面 | No .N411k031124xxx |
||||||
東京都 |
レラの会・佐渡山豊・居壁太 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 民族差別考えるコンサート/人類館事件から100年 |
||||||||||
メモ : 1903年に大阪で開かれた「内国勧業博覧会」で、アイヌ民族や沖縄県民らが見せ物として扱われた「人類館事件」から100年。首都圏に住む沖縄県出身者らが民族差別についてあらためて考えようと、「学術人類館」と名付けた演劇コンサートを2003年11月24日に都内で開く。 学術人類館と呼ばれた見せ物小屋で、アイヌ、台湾、朝鮮半島の女性らが“展示”された様子を演劇スタイルで再現。首都圏在住のアイヌ民族でつくる「レラの会」のメンバーや、在日コリアンの趙寿玉さんらが、差別への怒りを表現した現代舞踊を披露する。 沖縄出身のフォーク歌手、佐渡山豊さんや、アイヌの民族楽器トンコリの奏者、居壁太さんらも参加する。 世界の先住民族の音楽家を日本に招き、1993年から毎年開催している「エスニックコンサート」の一環。 管理人:レラの会に関するサイト紹介はこちら レラの会の著書「レラ・チセへの道 こうして東京にアイヌ料理店ができた」図書紹介はこちら |
京都 |
2003/08/10 |
刊 | 面 | No .N411k030810xxx |
||||||
東京都 |
レラの会 |
|||||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/kp/topics/2003aug/10/K20030810MKE1Z100000021.html | ||||||||||
見出し: アイヌ同化策の犠牲者供養/東京・開拓使仮学校跡地 |
||||||||||
メモ : 明治初期、北海道から連れ出したアイヌ民族を東京に集め強制的な同化を図る中、病死者も出た「開拓使仮学校」の跡地(東京都港区)で2003年8月10日、アイヌ民族が祖先を供養するための伝統儀式「イチャルパ」を初めて行った。 首都圏のアイヌ民族団体「レラの会」(佐藤タツエ会長)の主催で、約100人が参加。木を削ったイナウ(木幣)を立てた祭壇の前で、アイヌ語で祈りの言葉をささげた。 開拓使仮学校は1872年に北海道開拓使が設置。付属の教育所などに13−38歳のアイヌ民族36人が連れて来られ、日本語の読み書きや農業指導が行われた。家族から引き離されて生活環境も激変する中、4人が死亡。入院者も出て、2年後に教育所は廃止された。 同会事務局の長谷川修さん(55)=山梨県三珠町=は約8年前から文献などで調査。「独自の文化、慣習の破壊が狙いでアイヌにとっては苦痛だった。事実を多くの人に知ってもらいたい」と実施した。この問題に詳しく、イチャルパに参加した広瀬健一郎文化女子大室蘭短大講師は「(強制就学は)アイヌの統合支配に都合のいい人物の養成が目的だった」と話していた。 管理人:レラの会に関するサイト紹介はこちら レラの会の著書「レラ・チセへの道 こうして東京にアイヌ料理店ができた」図書紹介はこちら |
京都 |
2003/08/05 |
刊 | 面 | No .N411k030805xxx |
||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003aug/03/CN2003080301000173G1Z10.html | ||||||||||
見出し: ユカラの響きよみがえる アイヌ神謡集CDが好評 |
||||||||||
メモ : アイヌ民族の口承文学「カムイユカラ(神謡)」を記録した知里幸恵(1903−1922)の著作「アイヌ神謡集」の、初めてのCD版が発売された。約3時間20分の大作だが、初版1000部は約1カ月で売り切れ。追加製作しているが予約待ちが続いている。 北海道登別市出身の知里幸恵は、幼いころ預けられた伯母や祖母からユカラを毎晩のように聞かされ育った。言語学者金田一京助に勧められ、民族の手で初めてユカラの発音をローマ字で表し、神謡集をまとめた。しかし本として発売される直前、心臓病のため19歳の若さで亡くなった。 アイヌ語研究をしていた東京都の映像作家片山龍峰さん(61)は、幸恵の神謡集に魅せられCD化を企画。北海道千歳市でアイヌ文化の伝承を続ける中本ムツ子さん(75)に協力を依頼し、わずかに残っていたユカラの録音テープを参考に、中本さんが抑揚や独特のリズムを約1年間で再現、完成させた。 |
朝日 |
2002/03/07 |
夕刊 | 12面 | No .N411a020307e12 |
||||||
北海道 |
北海道ウタリ協会札幌支部・小川隆吉 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ原告側が敗訴/道が返還の共有財産訴訟「訴えの利益ない」/札幌地裁 |
||||||||||
メモ : アイヌ文化振興法に基づき、北海道が実施したアイヌ民族共有財産の返還処分をめぐり、アイヌ民族24人が「道による財産管理の経緯などが明確にされないままの返還は、財産権の侵害で違法」などとして、堀達也・北海道知事を相手に処分の無効確認などを求めた行政訴訟の判決が2002年3月7日、札幌地裁であった。 中西茂裁判長は「原告らに財産を返す有利な行政処分で、無効確認などを求めても利益はない」と述べ、原告の訴えを退けた。原告側は判決を不服として控訴する方針。 訴えたのは、北海道ウタリ協会札幌支部理事の小川隆吉さん(66)ら。戦前に国が「生活支援」などとして交付した土地や現金などの共有財産を管理してきた北海道は1997年9月、アイヌ文化振興法の付則に基づき、返還作業を開始。請求機関(1年)の後、請求者が共有者であるかどうかを審査して1999年4月に返還を通知した。 裁判で、原告側は「アイヌ民族が調査に参加し、公正な処理方法を考えるべきだ」と主張。道側は「共有財産を返すという有利な行政処分。訴えの利益がない」と反論し、訴えの却下などを求めた。 判決は道側の主張を認め、共有者21人の訴えを却下した。また、道に対する請求通りに返還を認められなかった3人については訴えを棄却した。 共有財産 1899年に交付された北海道旧土人保護法により、道庁長官(道知事)が管理してきた。田畑や海産物干し場などの不動産、現金、公債証書など。 同法の廃止とアイヌ文化振興法の制定に伴い、道は1997年9月に現金のみの返還を官報で広告した。 内訳は18件計約130万円と、共有財産に準じて管理されてきた「指定外財産」8件を加えた総額約146万円。土地は「すべて共有者に返還済み」とされた。 |
京都 |
2002/01/13 |
朝刊 | 3面 | No .N411k020113m3 |
||||||
北海道 |
国立民族学博物館・大塚和義教授 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: イヨマンテの起源?/遺跡からクロテンの頭骨/オホーツク文化 |
||||||||||
メモ : 7―12世紀に北海道オホーツク沿海側で栄えたオホーツク文化期の遺跡14ヵ所から、霊を送る儀礼を行なった痕跡のあるイタチ科の動物クロテンの頭骨が出土していたことが2002年1月12日までに、国立民族学博物館の大塚和義教授(北方民族学)の調査で分かった。 近世以降広がったとされるアイヌ文化の中で成立、継承されてきたヒグマの霊を送る儀礼「イヨマンテ」(熊送り)の起源である可能性もあるという。 大塚教授によると、オホーツク文化の遺跡からは、他の動物に比べ、クロテンの骨が多く見つかるという。 オホーツク文化の遺跡から出土したクロテンの頭骨約140点を調べたところ、ほとんどに穴があった。 うち約40点では鋭利な刃物で穴を開けた痕跡が確認でき、頭骨から脳を取り出す霊送り儀礼の証拠と見られるという。 オホーツク文化は海洋北方民族が担ったとされるが、不明な点も多く、12世紀ごろに突然消滅する。 その後北海道では17世紀ごろまでにアイヌ文化が成立していったとされる。 今回、確認された頭骨で、古いものは7世紀頃にさかのぼるといい、大塚教授は「オホーツク文化の南下は、高価なクロテンの毛皮を求めて起こり、その際に行なわれた動物儀礼が、後のアイヌ文化に伝わっていったのではないか」と話している。 |
読売 |
2001/07/11 |
朝刊 | 14面 | No .N411y010711m14 |
||||||
梶原誠一 |
||||||||||
シリーズ・特集; 今日のノート | ||||||||||
見出し: 日本民族とは |
||||||||||
メモ : 「アイヌ民族は、まったく同化された」、「日本は単一民族」と発言した二人の政治家に、アイヌの人々で組織する北海道ウタリ協会が厳しく反発した。 4年前に成立したアイヌ新法には「アイヌ分化の振興、伝統について知識の普及と啓発をはかる施策を推進する」とある。 アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を目指して、この法律は出来た。だが、法案に賛成したはずの国会議員に、知識が普及していなかったようなのだ。 この事例のように、日本人は概して民族について関心が低く、正確な知識を持ち合わせてこなかった。 欧米やアフリカのように激しい紛争に発展した人種、民族問題が比較的少なかったからなのか。 人種とは生物学的な人類の分類であり、民族とは共通の言語と文化を共有する人間集団である。 異なる言葉と生活風習で生きてきたアイヌ民族について、明治以来、主に外国の学者が激論を交わしてきた。 それについては埴原和郎東京大学名誉教授の「日本人の成り立ち」(人文書院)に詳しい。白人説などがあったが、人類学上は古くから日本列島に住んでいた日本人と位置付けられている。 飛鳥時代、朝鮮半島の戦乱で百済人約10万人が亡命してきた。在来者と周辺国から渡来した人々が協力して作り上げたのが日本であり、我々はその末裔だ。 歴史をたどれば、それぞれが懸命に生きた誇れる過去を持つ。 |
朝日 | 2001/07/03 | 朝刊 | 33面 | No .N411a010703m33 | ||||||
東京 | 自民党代議士 | 鈴木宗男 | ||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 「アイヌ、まったく同化」/鈴木宗男氏が発言、反発も |
||||||||||
メモ : 北海道選出の鈴木宗男代議士が2001年7月2日、日本外国特派員協会での講演で、「(日本は)一国家、一言語、一民族。アイヌ民族は今はまったく同化された」などと発言。 アイヌ民族関係者は「民族を侮辱する同化政策完了宣言に聞こえる」と反発。 1986年には、当時の中曽根康弘首相が「日本は単一民族」と発言し、アイヌ民族から猛反発を受けた。 北海道ウタリ協会の吉田昇理事(54) 「情けない。アイヌを一番知るはずの地元の鈴木代議士が正気で発言したとは思えない。中曽根康弘首相の単一民族発言から15年経つのに、相変わらずの認識だ」 |
朝日 | 2001/04/06 | 夕刊 | 7面 | No .N411a010406e7 | ||||||
北海道 | 二風谷アイヌ資料館長 | 男 | 74 | 萱野茂 | ||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ研究・萱野氏への博士号/当事者が発言する民族学へ |
||||||||||
メモ : 二風谷アイヌ資料館長の萱野茂氏に、国立民族学博物館などで構成する総合研究大学院大学から博士号が授与されたことは、民族学(文化人類学)の「研究対象」だった少数民族自身による研究への評価と言う大きい意味を持つ。 少数民族と民族学や人類学との間には、過去何度も対立があった。 1985年には、研究書に自分の写真を勝手に使われたとしてアイヌ民族側が裁判を起こしている。この時も萱野さんも原告証人として出廷、民具を勝手に持ち去り当事者に研究成果を還元しない研究者を批判した。 国立民俗学博物館は、20年以上前から少数民族としてのアイヌ民族展示に力を注いできた。萱野さんらに民具の復元を依頼している。 萱野さんの最終学歴は小学校卒。民族学の専門教育は受けていない。 今回の授与は、学校教育や職業研究者の役割への問いかけにもみえる。 3月に改装された民博のオセアニア展示では、貴各段階から先住民族自身の協力を得て、彼らの文化運動を展示している。 萱野茂さん 「民博のおかげで再生した技術もあった」と振り返る。 「今までは自分らは調査されるだけで、博士号を取るのは研究者。それが『萱野さん書いて下さい』というんだから、アイヌ側から見れば大きな一歩」 「きちんと学校に行っていたら、今の自分はなかったかもしれない。葬式のたびに父親について歩いたことも、今考えるととてもよかった」 管理人:萱野さんの図書紹介はこちらから |
京都 | 2001/03/01 | 夕刊 | 9面 | No .N411k010301e9 | ||||||
滋賀県/栗東町 | トンコリ・ムックリ奏者 | OKI・安東ウメ子 | ||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ音楽を演奏/OKIと安東ウメ子ら/3日にコンサート |
||||||||||
メモ : 2001年3月3日、栗東芸術文化会館さきら中ホールで、アイヌの伝統楽器トンコリ奏者のOKIとムックリ奏者安東ウメ子らが、アイヌ音楽の響きを伝える「ハンカプィ・コンサート」を開かれる。ハンカプィはへその意。 アイヌの血を引くOKIは1957年生まれ。アイヌ伝統音楽だけでなく、レゲエやオリジナル曲も演奏し、世界の少数民族の音楽家との交流を深めている。 |
京都 | 2001/02/09 | 朝刊 | 13面 | No .N411k010209e13 |
||||||
北海道/虻田町 | 有珠山を知ろう会 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 噴火からまもなく1年/火山と共存 住民も町づくり参加/観光客に観察会も/アイヌの暮らし紹介など道内の旅は多彩 |
||||||||||
メモ : 2000年3月31日の有珠山噴火からやがて1年を迎える。西山の火口周辺は立ち入り禁止になっているが、1.5キロ離れた火山科学館屋上から噴火口を観察する事もできるようになった。 地元虻田町では「有珠山を知ろう会」が組織され、木曜かtら月曜まで火山ボランティアガイドによる観察会を開いている。 虻田町再生住民の会事務局の柴田賀生さん 「23年前と今回、二度の噴火の経験から、町づくりの一環でエコ・ミュージアム構想が具体化している。記憶を語り継ぐのは住民。子どもとここを訪れる観光客に有珠山を伝え、火山観察できる町にしたい」 洞爺湖からバスで2時の、かつてのアイヌの集落白老町・ポトロコタン。アイヌ伝承の里として博物館、チセ復元など体験型施設がある。 |
朝日 | 2001/03/05 | 朝刊 | 26面 | No .N411a010305m26 |
||||||
北海道/中札内 | 養護学校校長 | 男 | 59 | 清水裕二 | ||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ出身校長/苦渋”国歌静聴”/歌詞に抵抗、曲だけ流す/北海道 |
||||||||||
メモ : 清水裕二さんは北海道中札内高等養護学校校長。アイヌ民族出身として二年前、道内初の学校長となった。 清水校長は、少数民族懇談会の事務局長として、民族教育に取り組んできた実績があり、これまで「国歌斉唱」は自分の教育理念に合わないとし行ってこなかった。 しかし、道教育委員会の指導は強く、二月末には個別指導も入った。 清水校長 「さざれ石が巌となるような力は、アイヌ民族への侵略に使われた。人間性という意味を持つ『アイヌ』を、人を差別する言葉に変えてしまった力でもある。」 「アイヌの子どもたちから、自分に素直でなかった先生と厳しく評価されるんでしょうね。」という校長の言葉が悲痛です。 |
京都 | 2001/01/13 | 朝刊 | 19面 | No .N411k010113m19 |
||||||
京都市 | 駄菓子屋 | 男 | 52 | チュプチセコル | ||||||
シリーズ・特集;チュプチセコルさんと考える 日本の中のアイヌ像 @ | ||||||||||
見出し: 民族衣装アットゥシ/いなせな銀平が羽織る |
||||||||||
メモ : 1949年京都市生まれのアイヌで、駄菓子屋を営むチュプチセコル |
||||||||||
このシリーズは別室にまとめていきます。こちらをクリックして入室下さい。 |
朝日 | 2001/02/27 | 朝刊 | 37面 | No .N411a010227m37 |
||||||
北海道/平取町 | 二風谷アイヌ資料館館長 | 男 | 74 | 萱野茂 | ||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ民族研究40年の道に光り/萱野茂さんに博士号/総合研究大学院 |
||||||||||
メモ : 元参議院議員で二風谷アイヌ資料館館長の萱野茂が、国立研究機関で構成される総合研究大学院大学から博士号が授与されることが、2001年2月26日明らかになった。 学位論文は「アイヌ民族における紙送りの研究ー沙流川流域を中心に」で、アイヌ民族の精神文化の根幹を成す「送り」の観念と儀式について分析した労作。 イヨマンテ(クマ神送り)に代表される「送り」をカムイ(神)と共生するアイヌの考えを象徴するものと位置づけた。 自らが、40年かけて古老らによるアイヌ語の650時間分の録音テープを整理するなど4年掛かりで論文をまとめた。 萱野茂さん 「これまで和人がまた聞きしたアイヌ研究ではなく、直接体験した儀式の記録をもとにしたものだから正確だ」 もともと文字を持たないアイヌ文化を、どう未来に継承していくかと言う問題を、改めて考えさせられます。 |
読売 | 2001/01/01 | 朝刊第6部 | 2面 | No .N411y010101m6-2 |
||||||
沖縄県/糸満市 | 幌村キクミ/諏訪野楠蔵/中村義 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 海の道/交易から文化交流へ/昆布ロード/アイヌ民族ー沖縄3000キロを結ぶ |
||||||||||
メモ : 1966年、沖縄戦の激戦地だった沖縄県糸満市の真栄平(まえひら)集落の小高い丘に戦争犠牲者をまつる「南北の塔」が建てられた。 北海道出身者を中心とする「山部隊」のアイヌへ兵士と地元の少年との交流がきっかけだった。その後、「北海道ウタリ協会」は数年に一度、この塔のもとで供養祭を営む。 アイヌ式の供養祭「イチャルパ」が営まれるようになって、2000年で20年になる。 アイヌ民族と沖縄を結ぶのが「昆布ロード」。北の海でしか採れない昆布は、室町ー江戸時代、貴重品として北海道から船で日本各地、さらには琉球を経て中国へと渡った。 輸送ルートの拠点だった北陸では、昆布の表面を削った「おぼろ昆布」の生産が盛ん。大阪では昆布の佃煮をよく食べる。 京都の西陣織は、アイヌが中国北部から輸入した「蝦夷錦」に影響を受けたといわれる。 中国貿易の拠点だった沖縄には、今も昆布料理が多い。 中国からは、昆布の代わりに薬が入ってきて、富山の薬売りがそれを全国に売り歩いた。 昆布から得た利益が、薩摩藩の明治維新の原動力となり、「昆布ロード」は日本の近代化への道となた。しかし、その背景にはアイヌ民族や琉球への侵略と収奪の歴史があった。 那覇市の公務員中村義さん 「松前藩は大阪で昆布を売った。一方薩摩藩は大阪で琉球の黒砂糖を売り昆布を買った。そして、琉球から中国に輸出し、巨大な利益を得たんですよ」 関連図書:続・日本の歴史をよみなおすB410004 沖縄とアイヌ 日本の民族問題B411029 |
京都 | 2000/11/25 | 夕刊 | 5面 | No .N411k001125e5 |
||||||
北海道/阿寒町 | ヤイユーカラの森 | 女 | 53 | 計良智子(光範/吾夢) | ||||||
シリーズ・特集;明日へのラブレター | ||||||||||
見出し: 自然への敬意 アイヌに学ぶ。/「ヤイユーカラの森」計良智子さん/民族の伝統 取り戻せ/進学率、収入など依然格差 |
||||||||||
メモ : 3月の北海道阿寒町の山の中で、エゾシカが仕留められる。アイヌ民族の保存・伝承に取り組んでいる団体「ヤイユーカラの森」(札幌市)が毎年開いているシカ狩り。 会を旗揚げした1992年当時は、100人近くあったキャンプの参加者も、最近は20人前後に。手に入れた土地で、伝統的な生活を再現する「森」を作る夢はめどが立たないまま。 「ヤイユーカラの森」運営委員長で和人の計良光範さん 「アイヌと和人との共同作業で、長く博物館に押し込められてきた伝統文化を実際の人間の生活に取り戻したい」 妻でアイヌの計良智子さん 「百年の間に奪われた文化を百年かかって取り戻す闘い」 「アイヌという意識を持てるんだったら、世界のどこに行こうが何をしようが、わたしは構わない。 北海道でなければアイヌになれないわけじゃないから」 二人の娘の計良吾夢(あむ)さん 「お金を貯めてスキューバダイビングの資格を取るのが目標。アイヌの文化は、わたしが今やりたいことじゃない。民族なんて言われても、自分に置き換えて考えられない」 |
京都 | 2000/11/22 | 朝刊 | 25面 | No .N411k001122m25 |
||||||
京都市/下京区 | 東本願寺 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ文化に触れる/独特の工芸品など展示/東本願寺内のギャラリー |
||||||||||
メモ : 2000年11月21日、東本願寺内のギャラリーで、アイヌ民族の文化などを紹介する展示「共なる世界を願って −アイヌ民族復権運動・文化伝承の取り組み」が始まった。 真宗大谷派は、かつて「北海道開拓」という明治政府の国策に乗り、アイヌ民族を日本人に同化させようという思想の下に布教活動を繰り広げた。 その反省に立って今回の展示を開いた。 1977年に東本願寺御影堂が爆破され、教団がアイヌ民族への過去を検証する契機となった事件についてもパネル展示されている。 2000年12月6日には視聴覚ホールで「アイヌ民族に学ぶ集い」が開かれ、ウタリ協会の職員の講演と古式舞踊の上演もある。 管理人:西本願寺の取り組みはどうなっているのでしょうね。 関連図書No.B411036 |
京都 |
2000/11/20 |
夕刊 | 5面 | No .N411k001120e5 |
||||||
作曲家 |
男 |
54 |
||||||||
シリーズ・特集; 超少子化社会 この人に聞く 6 | ||||||||||
見出し: 民族の誇り持てる社会に/作曲家 豊岡征則さん |
||||||||||
メモ : 北海道・屈斜路湖畔を拠点に、アイヌ民族の伝統文化に根ざした独自の創作活動をしている音楽・舞踊集団「モシリ」の創設者で、作曲家の豊岡征則さん(54)が国内の異民族の立場からアドバイスする少子化対策は明快だ。「日本人として誇りを持てる社会をつくること。それは日本の文化的アイデンティティーを世界に向けてきちんと示せる社会だ」という。 豊岡さんもアイヌ民族、23歳で結婚し、12人の子供がいる。「少数者のアイヌを少しでも増やして、民族の文化を受け継いでもらいたかった」というのが子だくさんの理由だ。 豊岡さんは今の日本人を「民族の誇りとアイデンティティーが持てず、経済的に将来が不安だから子供を作らない」と分析する。 アイデンティティーを確立するには、日本人のルーツを明らかにすることが大切という。「日本文化が成立する過程で、他民族とどのような文化接触があったのか。歴史的事実を踏まえた教育に国家レベルで取り組む必要がある。それは『神国日本』のような支配者に都合のいい歴史観ではない」と強調する。 「誇りを持ったら、人間は自分の血を分けた子孫を残したいと思うものだ」 子どもを持つ最大の不安は「教育に金がかかりすぎること」とみる。自身の子育ては「中学卒業までは責任を持つが、その後は一円たりとも金をかけない」を実践。高校に進学した子は二人だけだが「個性ある人間に育てるには、親が世間体を気にしてはいけない」。 ただ地球が抱える最重要課題は人口爆発と考え「子どもをつくりすぎたと反省している」と話す。「昔は戦争のために産めよ増やせよで、今は労働力の確保のため。日本の少子化を本気で心配するなら、役人や政治家がどんどん子供をつくって手本を示すべきだ」 管理人:アイヌ詞曲舞踊団 moshiriのサイト紹介はこちら。 |
京都 | 2000/03/29 | 朝刊 | 26面 | No .N411k000629m26 |
||||||
北海道/清水町 | 札幌国際大学/東北旧石器文化研究所 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 50万年前、北海道に原人/渡来の証明? 石器を発見 |
||||||||||
メモ : 札幌国際大学と東北旧石器文化研究所の研究グループは、2000年6月28日北海道清水町で道内最古の約50万年前の前期旧石器時代の石器四点を発見したと発表。 発見されたのは、皮などを切るのに使われたと見られる凝灰岩製の「剥片(はくへん)」で長さは6センチから3.5センチ。 札幌国際大学助教授長崎潤一さん 「原人の遺跡としては国内だけでなくアジアで最北ではないか。原人が寒冷地でも生活できる能力を持っていたことを示す貴重な資料」 |
読売 | 2000/05/10 | 朝刊 | 21面 | No .N411y000510m21 |
||||||
北海道ウタリ協会/アイヌ民族博物館 | ||||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ新法から3年/文化活動が充実/課題は差別解消 |
||||||||||
メモ : 1899年に施行された「北海旧土人保護法」(アイヌの日本人への同化を目的とした法律)が廃止され、1997年7月にアイヌの伝統文化の振興などを目指した「アイヌ新法」が施行された。 まもなく三年を迎え、新法に基づき「アイヌ文化振興・研究推進機構」が設立され、文化庁が運営費として計9億9000万円を補助もある。 しかし、アイヌに対する差別意識は依然として存在している。 北海道ウタリ協会理事長笹村二郎さん 「新法で助成を受けるようになって、活動が活発になってきた。」 アイヌ民族博物館理事長田丸和幸さん 「新法ができても差別を恐れて、自分がアイヌであることを隠して生きている人も多く、自らの文化を誇りに思う雰囲気はまだ浸透していない」 北海道大学法学部中村睦男教授 「アイヌ文化への理解を広げるためにも、文化や言葉を学んだ人が、博物館に就職できるようにするなどの受け皿作りが必要」 |
京都 | 1999/12/08 | 朝刊 | 3面 | No .N411k991208m3 |
||||||
札幌市 | 国際先住民族会議/北海道ウタリ協会 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ民族の土地回復を/国際先住民側会議閉幕 |
||||||||||
メモ : 1999年12月4日から7日まで、札幌市で開催された国際先住民族会議「フォーラム’99」に環太平洋後地域の先住民族が集った。 会議には北海道ウタリ協会の幹部も参加。 会議では、アイヌ民族の土地所有権の回復とアイヌ文化法の改正などを求める声明と勧告を発表した。 アイヌ民族自身が同文化法の改正などを要求するのは初めて。 |
京都 | 1999/11/09 | 夕刊 | 5面 | No .N411k991109e5 |
||||||
京都府/亀岡市 | ガレリアかめおか館長 | 男 | 69 | 佐々木高明 | ||||||
シリーズ・特集;ひと立ちばなし | ||||||||||
見出し: アイヌ民族理解へ奔走 |
||||||||||
メモ : 亀岡市長の諮問機関「亀岡市新世紀生涯学習構想懇談会」の座長の佐々木高明さんは、「アイヌ文化振興・研究推進機構」の理事長でもある。 国立民族博物館館長時代からの顔の広さを活用し、アイヌ民族への理解に奔走している。 管理人:関連リンクガレリアかめおか |
京都 | 1999/09/06 | 夕刊 | 12面 | No .N411k990906e12 |
||||||
新日本教育図書 | ||||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ文化の副読本出版/60年前の日常生活を描く/編者「教材に使ってほしい」 |
||||||||||
メモ : アイヌ語で約60年前のアイヌ民族の日常生活をかいた絵本「アイヌの知恵ウパクシマ1」が出版された。 1997年にアイヌ文化法が成立したが、学校ではアイヌ文化についてほとんど教えていないのが現実。 編集者の片山竜峰さん 「教材がないのも原因の一つ。ごみ処理や老人との接し方など、現代の日本人がアイヌ文化から学べる部分は大きい」 管理人;関連図書B411026アイヌの知恵 ウパシクマ1 |
京都 | 1999/09/08 | 朝刊 | 24面 | No .N411k990908m24 |
||||||
北海道/上ノ国町 | 上ノ国町教育委員会 | |||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 最古のアイヌ祭具/17世紀には文化確立か/北海道の史跡で出土 |
||||||||||
メモ : 上ノ国町教育委員会は1999年9発7日、「上ノ国勝山館跡」で、年代が特定されたうちでは最古のアイヌ民族の木製祭祀用具「イクパスイ」(酒のはしの意味で祈る最に先端に酒をつけて神に願い事や報告をする)三点を発掘したことを発表。 慶長年間(1596〜1615)のものと思われる。 町教育委員会 「アイヌ文化が17世紀初頭には確立していたことを示しており、重要な発見だ」 |
京都 | 1999/04/27 | 夕刊 | 8面 | No .N411k990427e8 |
||||||
釧路市/豊川町 | 無職 | 男 | 63 | 三田一良 | ||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: アイヌ共有地訴訟で却下/実質審理なく原告敗訴 |
||||||||||
メモ : 1999年4月27日、釧路地方裁判所は、「北海道が管理していたアイヌ民族の共有地が1953年にアイヌ側に返還された際、実測に基づかないずさんな処理があった」などとして、共有者の一人三田一良さんの返還の無効確認を求めた行政訴訟について、「引き渡し行為は行政処分とは言えない」として訴えを却下。 厚岸町のアイヌ35人は同町内に4ヘクタールの共有地を所有しており、北海道は旧北海道土人保護法に基づき、1927年から管理し賃料を共有者に支払っていた。 |