記事紹介の留意事項 |
京都 |
2008/10/16 |
刊 | 面 | No .N127k081016xxx |
||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008101600139&genre=C4&area=Z10 | ||||||||||
見出し: 校長自殺報告書で名誉棄損認定 広島県などに賠償命令 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道市立高須小の民間出身校長=当時(56)=の自殺をめぐり、県と市の教育委員会の調査報告書で名誉を傷つけられたとして、県教職員組合と当時同小勤務だった若井達也教諭(51)が損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、広島高裁は2008年10月16日、請求を退けた1審判決を変更、県と市に計220万円の支払いを命じた。 広田聡裁判長は判決理由で「自殺の原因はうつ病と認めるのが相当。報告書は教職員との対立が悩みの主な要因と読み取れ、原告の名誉を棄損している」と述べた。 1審広島地裁は報告書について「重要な部分で真実性があり、バランスを著しく欠いた点はない」と認定、約700万円の賠償請求を退けていた。 判決などによると、校長は2003年3月に自殺。両教委は同年5月「学校運営上の課題に苦悩していた」などとする報告書をまとめ発表した。 管理人:事件当初の記事紹介はこちら |
京都 |
2007/09/25 |
刊 | 面 | No .N127k070925xxx |
||||||
奈良県/天理市 |
小学校校長 |
男 |
60 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007092500127&genre=C4&area=N10 | ||||||||||
見出し: 自殺校長の公務災害認定 奈良・天理の差別発言で |
||||||||||
メモ : 奈良県天理市の市立小学校で、男性教諭の差別的発言が原因で女児が不登校になり、校長が2004年に自殺した問題で、地方公務員災害補償基金奈良県支部は2007年9月25日までに校長の自殺を公務災害と認定した。 認められたのは、天理市立小学校の奥田正克校長=当時(60)。 県支部と県教委によると、奥田校長は03年5月以降、特別支援学校に対する差別的発言をした男性教諭と、不登校になった女児や保護者との間で問題解決に当たっていた。2004年2月、対応会議を開く前に学校を抜け出し、自宅近くで首をつっているのを妻が見つけた。 遺族は2005年10月、県支部に「市教委の支援がなかったことが自殺の最大の要因」として公務災害認定を請求。県支部は「責任感の強い奥田校長が問題解決に奔走する中、精神的なストレスで自殺に至った」と認定理由を説明している。 管理人:事件当時の記事紹介はこちら |
朝日 |
2007/02/04 |
刊 | 面 | No .N127a070204xxx |
||||||
福岡県/福岡市 |
元小学校校長 |
男 |
65 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0204/SEB200702040006.html | ||||||||||
見出し: 福岡の教員採用試験漏洩 不明の元校長、遺体で見つかる |
||||||||||
メモ : 福岡市教委が2006年8月に実施した小中学校教員の採用試験が事前に漏洩した問題で、福岡県警は2007年2月4日、漏洩を受け、行方不明になっていた元小学校長(65)が同市西区金武の山中で、首をつって死亡しているのが見つかったと発表した。捜していた知人が発見した。現場の状況などから自殺したとみている。 県警によると、遺体は同日午前10時50分ごろ見つかった。木の枝にくくりつけたロープで首をつっており、県警に失跡届のあった1月1日時点と同じ服装だった。遺書は見つかっていない。 市教委の調査によると、元小学校長は福岡教育大OBの後輩にあたる同市教委の理事=1月18日付で懲戒免職=から、昨夏に実施された今年度の小中学校教員採用試験の2次試験の原案を事前に受け取り、同大卒の受験者に「予想問題」として配っていた。 問題発覚後の2006年12月末、市教委の聞き取り調査で元校長は「出題される問題文だとは思わなかった」と述べていた。 市教委は元理事を近く、地方公務員法違反(守秘義務違反)で告発する方針。 遺体発見を受けて福岡市教委の植木とみ子教育長は「ただただ残念でならない。謹んでお悔やみ申し上げます」とコメントした。 |
朝日 |
2006/11/12 |
刊 | 面 | No .N127a061112xxx |
||||||
福岡県/北九州市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/1112/TKY200611120164.html | ||||||||||
見出し: 「いじめ隠し」発覚の小学校長が自殺 北九州 |
||||||||||
メモ : 2006年11月12日午後3時ごろ、北九州市八幡東区山路松尾町の林で、男性がロープで首をつって死んでいるのを捜していた警察官が見つけた。福岡県警八幡東署の調べでは、男性は北九州市戸畑区に住む小学校の校長(56)。自殺とみている。この小学校では女子児童2人が現金を要求されて学校が「いじめ」と認識しながら、市教委に「金銭トラブル」と報告していた問題が11日に発覚していた。 校長は12日午前7時ごろ、「学校で会議がある」と妻に言って自宅を車で出ていた。不審に思った妻が学校に電話で連絡したが登校していなかったため、捜索願を出していた。 |
京都 |
2006/11/06 |
刊 | 面 | No .N127k061106xxx |
||||||
愛媛県/新居浜市 |
県立高校校長 |
男 |
60 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2006110600082&genre=C4&area=Z10 | ||||||||||
見出し: 愛媛で県立高の校長自殺 未履修問題で悩む? |
||||||||||
メモ : 2006年11月6日午前7時半ごろ、愛媛県新居浜市にある県立新居浜西高校の政岡博校長(60)が同県松前町の自宅で首をつって死んでいるのが見つかった。伊予署は状況などから、自殺とみて調べている。 県教育委員会によると、政岡校長は、未履修問題について県教委の指導を求めたとみられる内容の遺書を校長室に残していた。この中には「生徒諸君の負担が軽くて済むようなご指導をいただけないか。わたしの認識不足、優柔不断の責任です」との文言があったという。 調べでは、政岡校長は普段、高校近くにある県職員宿舎で妻と2人暮らし。自宅には妻あての遺書もあった。未履修問題をめぐっては10月30日、茨城県立高校の校長が自殺しているのが見つかった。 |
朝日 |
2006/10/30 |
刊 | 面 | No .N127a061030xxx |
||||||
茨城県/大子町 |
県立高校校長 |
男 |
58 |
高久裕一郎 |
||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/1030/TKY200610300315.html | ||||||||||
見出し: 履修漏れ発覚、県立高校長が自殺 保護者説明会の当日 |
||||||||||
メモ : 2006年10月30日午後4時5分ごろ、茨城県大子町左貫の山林で、同県立佐竹高校(常陸太田市)の高久裕一郎校長(58)がロープで首をつって死亡しているのが見つかった。そばで「先に行きます」などと書かれた遺書が発見され、県警は自殺とみている。同校は26日に必修の2科目で履修漏れが発覚、30日は保護者説明会の開催日だった。大子署が自殺との関連を調べている。 調べによると、高久校長は29日午後2時に在宅が確認されているが、その後行方がわからなくなり、30日朝になっても帰宅しないため、妻(56)が同署に届け出た。県警が上空からヘリコプターで捜索して自宅から約2キロの地点で校長の車を発見、後に遺体を確認した。 同校では、3年生195人のうち計80人が世界史Aと理科基礎の計4単位について未履修であることが発覚。高久校長は27日に学校で生徒に経緯を説明し、謝罪。この時、「私の判断の甘さが生徒諸君に不安を与えたことをおわびします。受験を控えて大切な時期。本当に申し訳なく思っています」などと話した。さらに根本滋教頭によると、校長は30日の保護者説明会について27日、「保護者への説明は重いな」と話していたという。 30日午後6時半からは予定されていた保護者説明会があり、代わりに教頭が説明した。 県教育委員会によると、高久校長は1971年に教員となり、2006年4月から現職だった。 |
朝日 |
2006/10/30 |
刊 | 面 | No .N127a061031xxx |
||||||
茨城県/大子町 |
県立高校校長 |
男 |
58 |
高久裕一郎 |
||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/special/061027/TKY200610310329.html | ||||||||||
見出し: 生徒あてに「迷惑かけた」 自殺校長が遺書 |
||||||||||
メモ : 必修科目の履修漏れが発覚した茨城県立佐竹高校=同県常陸太田市=の高久裕一郎校長(58)が自殺した問題で、3年生の生徒にあてた遺書に「教頭先生たちの指導を受けて、しっかりやってほしい」「(子どもたちに)責任はない。迷惑をかけた」などとした記述があったことが2006年10月31日、関係者の話でわかった。遺書は少なくとも4通あり、生徒のほか、妻や子ども、母親あてのものが残されていた。同校では同日朝、臨時の全校集会が開かれ、教頭が生徒に自殺の経緯について説明した。 遺書は、高久校長が遺体で見つかった現場にA4判の封筒に入れられてあった。4通はいずれも数行程度のメモ書きで、自分の母親あての遺書には、「先立つけど、自分の分まで長生きして欲しい」といった趣旨の内容が書かれていたという。県警によると、「履修漏れ」に直接触れた記載はなく、自殺の動機などを調べている。 調べによると、高久校長の遺体は30日、大子町の自宅近くの山林でロープで首をつった状態で見つかった。29日夕方には行方がわからなくなっており、県警は29日夜に自殺を図ったとみている。 高久校長は27日、履修漏れについて説明し、生徒に謝罪した後、朝日新聞の取材に応じ、「生徒のためと思って進めたことが結果的に苦しめることになった。生徒に不利益があった場合、責任の取りようがない。非常に心配だ」と話し、悩んでいる様子だった。 一方、臨時の全校集会では、根本滋教頭が生徒を前に事情を説明した。突然の悲報に、顔をタオルで覆う生徒もいた。 根本教頭は「履修漏れの対応で疲れていた様子だった。(自殺に)結びつくかは分からないが、乗り越えることができない苦悩を抱えていたようだ」と説明。生徒と職員が黙祷した。 履修漏れのあったクラスの3年の女子生徒は、「(履修漏れが)自殺の原因だったとすると、複雑な気持ち。優しい先生だったから、責任を感じ過ぎていたのかも知れない」。1年の男子生徒は「金曜日の生徒への説明会で校長はずっと肩を落とし、つらそうな様子だった。自殺は驚いたが、『やっぱり』という感じもする」と言う。 同校では、来月2日に予定していたダンスなど文化祭の一部を延期する予定。3年の女子生徒は「文化祭の練習をしている生徒に声を掛け、楽しみにしている様子だった。残念です」と話していた。 |
朝日 |
2006/11/03 |
刊 | 面 | No .N127a061103xxx |
||||||
茨城県/大子町 |
県立高校校長 |
男 |
58 |
高久裕一郎 |
||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/life/update/1101/001.html | ||||||||||
見出し: 必修漏れ、自殺一因か 茨城県教委、校長の遺書一部公表 |
||||||||||
メモ : 必修科目の履修漏れが発覚した茨城県立佐竹高校=同県常陸太田市=の高久裕一郎校長(58)が自殺した問題で、県教育委員会は2006年10月31日、一部の遺書の内容を公表した。5通の遺書のうちの1通で、あて名はなかったものの、県教委や学校、生徒にあてたと見られ、履修漏れ問題で生徒らの不利益にならないよう要望していた。稲葉節生教育長は会見で「(自殺は)すべてではないかもしれないが、未履修問題が原因の一つだったと思う」と話した。 県警によると、遺書は全部で5通。うち4通には、妻や子ども、自分の親、妻の親のあて名があり、残り1通が、あて先のない「お願い」と題しており、この1通を県教委が妻(56)の了解を得て、公表した。 遺書には「調査書、成績表については、生徒に瑕疵はありません。生徒に不利益にならない御処置をお願い申し上げます」と記されていた。稲葉教育長は「学校を通して県教委へのお願いと思わざるを得ない」と話した。 また、未履修の対象となるクラスをあげ、「三年四組・五組の皆さんには、迷惑をかけますが学校から出される補習日程に従って補習を受けるようお願いします」と生徒へのお願いが記されていた。 稲葉教育長は遺書について「未履修に高久校長が強い思いを抱き、すべて自分の責任によるものととらえていった」と述べ、「すべての責任を校長に押しつけたつもりはないが、結果的に重荷を背負わせてしまった」とした。 同校では、世界史Aと理科基礎について、実際には履修していないのに、振り替えていた日本史Bや生物、物理の成績を記した調査書が作成され、大学や企業に60通が発送されているという。 高久校長は27日の朝日新聞の取材に「進学や就職の内定をもらっている生徒がどう扱われるのか心配だ。不利益を被ったとすれば補償できない。生徒の一生を左右する問題になる」と話していた。 ◇ 茨城県教委が公表した遺書 お願い 一、生徒の調査書、成績表については、生徒に瑕疵はありません。生徒に不利益にならない御処置をお願い申し上げます。 一、三年四組・五組の皆さんには、迷惑をかけますが学校から出される補習日程に従って補習を受けるようお願いします。 右願い、一命を副えてお願い致します。 高久裕一郎 |
朝日 |
2006/08/17 |
刊 | 面 | No .N127a060817xxx |
||||||
広島県 |
元高校校長 |
男 |
58 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0817/OSK200608170132.html | ||||||||||
見出し: 校長自殺は「労災」 広島世羅高校「君が代問題」 |
||||||||||
メモ : 卒業式での「君が代」斉唱や「日の丸」掲揚をめぐり1999年2月に自殺した広島県立世羅高校長(当時58)の遺族が、民間の「労災」にあたる公務災害の認定を求めていた問題で、地方公務員災害補償基金広島県支部は2006年8月17日、自殺を公務災害と認定した。同支部は認定理由を明らかにしていないが、県教委は、卒業式の実施にあたって心労を重ねたことが背景にあると判断されたとみている。 校長は、卒業式で君が代斉唱や日の丸掲揚を求めた県教委の通達に基づいて教職員組合などと話し合いを重ねる中、式前日に自宅で首をつって自殺した。遺族が2004年2月に公務災害の認定を請求し、県教委も支部に認定を求めていた。 県教委の関靖直教育長は「きめ細かい支援ができなかったことを反省材料に、県教育の発展に全力を尽くす」とする談話を出し、遺族は県教委を通じて「思い出すのもつらい出来事で今はそっとしておいてほしい」という談話を発表した。 |
朝日 |
2005/06/13 |
刊 | 面 | No .N127a050613xxx |
||||||
東京都/豊島区 |
学習院女子中高等科 |
男 |
66 |
|||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY200506130529.html | ||||||||||
見出し: 学習院女子高等科の元校長と断定 埼玉・飯能の白骨遺体 |
||||||||||
メモ : 埼玉県飯能市で2005年4月17日に見つかった白骨遺体は、埼玉県警のDNA鑑定の結果、東京都豊島区の学習院女子中・高等科の元科長(校長)の男性(当時66)と13日、判明した。死後4、5年たっているとみられる。 調べでは、遺体発見現場の近くから保険証のコピーが入ったバッグが見つかっていた。遺体は同市南川の斜面で見つかり、そこから約100メートル離れた木にビニールひもがかかっていたという。県警は自殺とみている。元科長は2000年8月末から行方不明になっており、家族が警視庁目白署に捜索願を出していた。 |
京都 |
2004/02/25 |
刊 | 面 | No .N127k040225xxx |
||||||
広島県/世羅町 |
元世羅高校校長 |
男 |
58 |
石川敏弘 |
||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2004feb/25/CN2004022401004464C1Z10.html | ||||||||||
見出し: 遺族が公務災害請求へ/日の丸・君が代 広島の高校長自殺 |
||||||||||
メモ : 卒業式の日の丸・君が代問題をめぐり1999年2月に自殺した広島県立世羅高校(世羅町)の石川敏浩校長=当時(58)=の遺族が、地方公務員災害補償基金広島県支部に近く公務災害認定の請求をすることが2004年2月24日、分かった。 広島県では2003年3月と7月に、民間出身の同県尾道市立小校長と尾道市教育次長が自殺。遺族はそれぞれ職務に起因するとして、公務災害認定を請求している。 関係者によると、遺族は世羅高校などと連絡を取って書類を準備し、同校と県教委を通じて請求する。公務災害から5年以内とされる請求期限ぎりぎりになる見込み。 広島県教委は1998年、文部省(当時)の是正指導を受け、県立高に卒業式の君が代斉唱を職務命令。県教組が反発し、元校長は1999年2月の卒業式前日に自殺した。 管理人:石川校長の自殺をめぐる君が代・日の丸問題については野田正彰著『させられる教育 思考途絶する教師たち』をご覧ください。 |
朝日 |
2004/02/21 |
朝刊 | 31面 | No .N127a040221m31 |
|||||||||
奈良県/天理市 |
小学校校長 |
男 |
60 |
||||||||||
シリーズ・特集; | |||||||||||||
見出し: 教諭の差別発言で女児不登校/小学校校長が自殺/天理 |
|||||||||||||
メモ : 2004年2月20日午後4時40分ごろ、奈良県天理市の市立小学校の校長(60)が自宅近くの墓地で、首をつって死んでいるのを校長の妻が見つけ、110番通報した。同小では、2003年5月に担任の男性教諭が授業中に障害者を差別する発言をしたことがきっかけで、養護学校に姉が通う3年の女児が不登校になっていた。遺書は見つかっていない。天理署は、これらの問題解決に悩んで自殺したのではないかとみて調べている。校長は3月定年退職する予定だった。 市教委によると、校長は20日午前、市教委に自宅待機を命じられていた教諭宅を訪問。代理の担任とカウンセラーをクラスに派遣することを検討していると伝えた。その後、学校に戻ったが、午後3時ごろ、教頭に「頭を冷やす」と言って外出。午後4時からの教職員会議に帰って来なかったため、教頭が自宅に連絡し、校長の妻が付近を捜していた。 市教委の村上博美教育次長は「1週間前に校長に会った際、子どもの登校を最優先にしたいと話していた。共に解決に向けて取り組んでいただけに無念だ」と話した。 管理人:この事件とその後の動きについて伝えた京都新聞社のweb記事を下に紹介します。
この事件の元となった差別発言の事件を伝えた2004年2月13日の朝日新聞社のweb記事を下に紹介します。
|
朝日 |
2004/01/18 |
刊 | 面 | No .N127a040118xxx |
||||||
静岡県/清水市 |
中学校校長 |
男 |
58 |
池上光浩 |
||||||
シリーズ・特集; http://www.asahi.com/national/update/0118/008.html | ||||||||||
見出し: サッカーゴール倒れ生徒死亡の中学校長自殺/静岡 |
||||||||||
メモ : 2004年1月18日日午前8時ごろ、静岡市立清水第六中学校の池上光浩校長(58)が、同市清水押切の自宅で首をつって死んでいるのを妻が見つけ、119番通報した。同中学校では今月13日、校庭のサッカーゴールが強風で倒れ、中学3年の男子生徒(14)が死亡した事故が起きていた。池上校長の自室から十数通の遺書が見つかり、県警清水署は、校長が事故の責任で悩み、自殺したとみて、関係者から事情を聴いている。 調べによると、遺書は白い封筒入りで、1階自室の机の上に置かれていた。市教委の会見によると、市教育長あてに事故をわびたもののほか、生徒や教頭、教職員課長らに「ご迷惑をおかけします」と述べたもの、さらに、家族や死亡した男子生徒の母親あてにもつづられていたという。 死亡事故が起きたのは13日午後1時15分ごろ。昼休みにサッカーをしていた藤牧太一さんが、突風で倒れてきた鉄製ゴールの支柱で頭を強く打った。同校では、授業で移動させることもあるため、ゴールを地面に固定していなかった。清水署は今回の事故について、業務上過失致死の疑いもあるとみて捜査を進めていた。 池上校長は事故直後、「大切な生徒の命を亡くし、申し訳ない」と談話を発表。15日の保護者会では「事故は私の責任」と、土下座して謝ったという。17日の葬儀に参列した際も、弔辞の中で「ごめんなさい」と何回も謝り、藤牧さんの小学5年の弟にも「ごめんね」と繰り返していたという。 市教委によると、池上校長は1968年に教職に就いた。1996年から校長となり、同校には2003年4月に赴任していた。 同校3年の男子生徒は「事故があってから突然暗くなって、すごく心配していた」。別の生徒は「ショック。生きて責任をとってほしかった」と話した。 市教委は毎年4月に、体育器具などの安全管理に関する通知を各校に出しており、移動式器具については転倒防止策を講じるように呼びかけていた。 |
京都 |
2003/12/05 |
刊 | 面 | No .N127k031205xxx |
||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏/広島県教組 |
||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003dec/05/CN2003120501000214B2Z10.html | ||||||||||
見出し: 小学教員ら名誉棄損と提訴/民間校長自殺の調査報告書 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道市立高須小の民間出身校長=当時(56)=が2003年3月に自殺した問題で、県教育委員会と尾道市教委が発表した調査報告書で名誉を傷つけられたとして、広島県教職員組合(県教組)と自殺当時、高須小に勤務していた男性教員が5日、両教委と県、市に計700万円の損害賠償と新聞への謝罪広告を求める訴訟を広島地裁に起こした。 訴状などによると、自殺の原因はうつ病による絶望死なのに、県教委と市教委が5月に発表した調査報告書は『情緒不安定だったが、回復しつつあった』などと記載し、教職員に責任転嫁した虚偽の調査内容をマスコミに報道させたと主張。県教組や教員の自宅などに脅迫や中傷の電話などが相次ぎ、信頼を失って精神的な打撃を受けたという。 調査報告書は運動会の国旗掲揚について、一部の教職員から反発があったことなどを「学校運営上の課題」と指摘していた。 |
朝日 |
2003/11/26 |
刊 | 面 | No .N127a031126xxx |
||||||
兵庫県/宝塚市 |
中学校校長 |
男 |
55 |
中村諭 |
||||||
シリーズ・特集; http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200311260035.html | ||||||||||
見出し: 宝塚市立中の校長が自殺/西宮の山中で発見 |
||||||||||
メモ : 2003年11月26日午前6時40分ごろ、兵庫県西宮市越水社家郷山の県道沿いの山中で、男性が木に首をつって死んでいるのを通行人が見つけて110番通報した。西宮署によると、男性は同県宝塚市立高司中学校の中村諭校長(55)で同署は自殺とみている。 中村校長は1999年4月に高司中学校に赴任。教育現場の体験をつづった「新米校長奮戦記。」「どっこい!学校は生きている」(いずれも文芸社)などを出版している。 |
京都 |
2003/11/26 |
刊 | 面 | No .N127k031126xxx |
||||||
兵庫県/宝塚市 |
中学校校長 |
男 |
55 |
中村諭 |
||||||
シリーズ・特集; http://www.kyoto-np.co.jp/news/flash/2003nov/26/CN2003112601000174B1H10.html | ||||||||||
見出し: 中学校長が首つり自殺/兵庫、「金八先生」引用の著作も |
||||||||||
メモ : 2003年11月26日午前6時40分ごろ、兵庫県西宮市の山中で、男性が木にひもをかけて首をつっているのを通りかかった男性が見つけ、110番した。 西宮署が調べたところ、男性は既に死亡しており、西宮市、同県宝塚市立高司中校長の中村諭さん(55)と確認された。遺書などは見つかっていないが、同署は現場の状況などから自殺とみて原因を調べている。 調べによると、現場は県道から約20メートル入った山林で、近くで中村さんの乗用車が見つかった。中村さんは25日午後7時ごろ、学校を出たまま帰宅していなかったという。遺体発見時は背広姿だった。 中村さんは1999年4月に校長として同中に着任。校長としての教育活動をつづり、テレビドラマ「3年B組金八先生」のシナリオにも一部が使われた「新米校長奮戦記」(文芸社)などの著作もあるという。 |
毎日 |
2003/07/02 |
朝刊 | 面 | No .N127m030702mxx |
||||||
広島県/尾道市 |
慶徳和宏/山本將吉 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 広島・尾道の民間人校長自殺 市教委、異動内定伝えず/ PTA役員には漏らす |
||||||||||
メモ : 民間人校長として広島県尾道市立高須小学校に勤務していた慶徳和宏さん(当時56歳)が今年3月、校内で自殺した問題で、同市教委は2003年7月1日、慶徳さんが4月1日付で異動する予定だったことを明らかにした。市教委は内示前に同小PTA役員に異動を漏らしながら、慶徳さん本人には伝えなかった。 一方、第三者を交えての調査を進めていた同県教職員組合(広教組)は1日、調査結果を発表。聞き取り調査から、慶徳さんは異動希望を却下されたことが自殺の大きな原因になったと指摘し、毎日新聞の取材に「本人に異動を伝えず第三者の民間人に伝えるなど聞いたことがない」と批判した。 同市教委によると、慶徳さんの異動は人事権を持つ広島県教委から2003年2月中旬に伝えられた。校長人事は通常、2月下旬にほぼ固まり、3月20日過ぎの内示直前に本人に伝えられる。慶徳さんは3月9日に自殺したが、同市教委は「10日以降に伝えることができると考えていた」としている。異動先は、慶徳さんの自宅のある同県安芸郡の学校の予定だったという。 ところが、同市教委は内示に先立つ3月2日、PTA役員に慶徳さんの異動を漏らした。この役員によると、2月末に市教委を訪ねて「本人の希望に沿った配置換えをお願い」していたところ、3月2日の地区駅伝大会で会った市教委幹部に「(慶徳さんは)異動の方向で進んでいます」と声を掛けられたという。 慶徳さんは民間人校長に応募する際、自宅から通え、小規模で運営が難しくない学校を希望した。しかし、高須小は市内2番目の大規模校で、自宅からは新幹線などで約1時間半かかった。 ■ うつ病診断書に病名を「口止め」 広教組が教委批判 広教組は、慶徳さんが「うつ病」との診断書を示して休暇を申し出たが、休暇を与えず、「口止め」もしていたとも指摘、長時間の残業など過重勤務も背景にあるとした。 広教組の報告書は、教委側が存在を確認していないとする診断書について、「慶徳さんが2002年5月13日、JA尾道総合病院で中程度のうつ病と診断され、1カ月の休養が必要とする診断書を受け取っていた」としている。診断書が出た後、市教委に病気休暇を申し出た慶徳さんに対し、山崎建郎・同市教育長は「頑張ってください」などと休暇を認めなかったという。さらに、同日夜、同市教委幹部は慶徳さんに電話し、「病名は秘密扱いに」と口止めもしていたとし、理由について、「ことの重大性を認識したが、保身のため隠匿工作を行った」と分析した。 同日、同県庁で会見した山今彰委員長は「診断書は遺族が持っていて、休養申し出の際に山崎教育長らも診断書を見ていたはず」と話している。 また、報告書は、慶徳さんら管理職の勤務実態を同小の警備を担当した会社の記録から読みとり、夏休みを除く毎月、超過勤務が150時間を超え、2002年度に同市教委が各学校におろした文書は1567件でこのうち約370件について報告を求めた、としている。 ■ 診断書見ていない 尾道市教委の山岡將吉・教育次長 診断書は見ていないし、慶徳さんに病名を秘密扱いにするような指示はしていない。 管理人:この報道の翌日自殺した尾道市教委の山岡將吉・教育次長に関する記事紹介はこちらから |
朝日 |
2003/07/01 |
夕刊 | 12面 | No .N127a030701e12 |
||||||
広島県/尾道市 |
慶徳和宏/野田正彰 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 民間出身校長自殺/うつ病、休暇認めず/広教組 報告書で市教委批判 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道市の市立高須小学校で2003年3月、民間から採用された校長(当時56)が自殺した事件で、広島県教職員組合(広教組)は2003年7月1日、自殺の背景や問題点について最終報告書をまとめた。校長が自殺の直前、1日7時間もの超過勤務をしていたと推測されることを指摘し、「うつ病」と診断されたのに尾道市教委が病気休暇を認めなかったことを批判している。 報告書では、同校の警備保障システムの記録から、システムの開閉の権限を持つ校長や教頭の勤務実態を分析。その結果、教頭が病気で不在になった2003年2月15日から自殺の直前の3月8日まで、校長の超過勤務は1日平均7時間16分に達したと推測している。 また、校長が赴任から1カ月後の2002年5月、「中程度のうつ病」による1カ月の休養が必要と病院に診断され、尾道市教委に休暇を願い出たが、同市教委は「がんばってください」などと励まして認めなかったと指摘。 これについて、同教組から分析を依頼された精神科医の野田正彰京都女子大教授は報告書の中で、「うつ病の治療の基本は休養と薬物療法であるが、休養をとらないまま過重労働を継続すれば、薬物療法は意味がない。教育委員会は責任を免れることはできない」とコメントしている。 |
朝日 |
2003/05/10 |
朝刊 | 34面 | No .N127a030510m34 |
||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏 |
||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 尾道・校長自殺/県・市教育長ら処分/両教委調査 支援不十分 前任も責任 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道市の市立高須小学校で2003年3月、民間から採用された校長(当時56)が自殺した事件で、同県教委と尾道市教委は2003年5月9日、事件に関する調査結果を発表し、学校運営に不慣れな校長への支援が不十分だったなどとして常盤豊・県教育長と山崎建郎・市教育長を戒告、両教委の部課長ら6人を文書訓告の処分にした。また自殺した校長の前任者が教職員との関係に問題を残したとして、12日付で文書訓告とした。 校長は2002年4月、地方銀行の副支店長から採用され、2003年3月9日、「能力のない者が校長になり、たくさんの方に迷惑をかけた」との遺書を残し、校舎わきの非常階段で首をつって自殺した。 調査結果では、自殺原因の「断定は困難」としたうえで、赴任前の研修が2日間しかなかったことや、校長の不安や悩みに対するカウンセリング、指導助言が足りなかった点を挙げ、特に2003年2月に教頭が病気で不在となった際の支援が不十分だったとした。 さらに、運動会での「日の丸・君が代」実施などをめぐり、校長の提案に一部の教職員から対立意見が出され、校長が苦慮する状況があったことも要因に挙げた。 この教職員との関係について県教委は、学年やクラスなど教職員の担当の原案を職員団体(組合)が作成するなど「校長権限が制約される状況」を前任の校長が容認したことが、自殺した校長の学校運営に支障をきたす一因となったとした。 常盤・県教育長は記者会見で「制度の運用、支援態勢、学校運営面での課題把握と指導が不十分だったと反省している」と述べた。 これに先立ち、県教職員組合(広教組)は、事件について精神科医や弁護士らの協力を得て、1学期中にも独自の報告書をまとめると発表した。 県教委の調査結果について石岡修書記長は「校長の勤務実態について触れられておらず、あたかも教職員が校長を自殺に追い込んだように書かれているのは恣意(しい)的だ」と批判した。 広教組に協力する野田正彰・京都女子大教授は「自殺した校長が何度も『休みたい』というサインを出していたのに、県教委や市教委が『あなたは民間から来た特別な人だから辞めるわけにはいかない』というメッセージを送り続けたことが問題。その点も調査結果ではきちんと触れられていない」と指摘した。 管理人:青字部分は http://www.asahi.com/national/update/0509/034.html で付け加えられていたないようです。 |
朝日 |
2003/03/24 |
夕刊 | 12面 | No .N127a030324e12 |
||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏 |
||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 自殺の民間校長 式辞残していた/広島、高須小で卒業式 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道市の市立高須小学校で2003年3月24日、卒業式があり、今月9日に自殺した民間出身の慶徳和宏・前校長(当時56)が残していた式辞が明らかにされた。 122人の卒業生に「自分を大切にし、自分らしく生きてほしい」「人との出会いを大切にし、思いやりの心を持って人に接するように」という二つの言葉を贈る内容だった。 |
朝日 |
2003/03/14 |
夕刊 | 15面 | No .N127a030314e15 |
||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏 |
||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 広島・民間出身校長自殺/仕事山積…認識とズレ/未経験分野でトップ、重圧 |
||||||||||
メモ : 広島県尾道高須小学校で2003年3月9日、銀行マンから「民間人校長」に転進した慶徳和宏校長(56)が自殺した。「民間のノウハウで新風を」と広島県教育委員会はわずか2日の研修で校長を学校へ送り、未経験の分分野でいきなりトップに立たされた校長は着任早々から苦悩し始めた。民間人校長は急増し、新年度名20都道府県で51人になる。 慶徳校長が赴任指定1ヵ月後の2002年5月、会合で校長と会った尾道市教委の職員は弱々しい様子に驚いた。「子どもとどう接していいのかわからない。学校は会社と組織がまったく違う。戸惑っています」 とまどいは多方面に及んでいた。教員にどう指示すれがいいのか、校長と教頭の業務の線引きは、行事をどう行うか、効果的な授業と学級編成のやり方は…。高須小は児童717人の大規模学校。校長は教頭(52)に細かい疑問を深夜まで連日ぶつけ、早く学校を理解しようとした。 その教頭が5月10日、脳出血で倒れる。 数日後、校長は市教委を訪ねた。「情緒不安定と診断された。休みたい」。市教委幹部は「こんな時こそがんばらないと」と励まし、休暇希望は受け入れなかった。 校長は後任の教頭(48)にやはり深夜まで助言を求めながら学校運営に取り組んだ。新学習指導要領の実施、130周年記念事業、運動会。学校が飼育していたウサギが殺される事件もあった。休みは月3日ほど。8月にうつ病と診断され、薬を飲みながら出勤を続けた。教頭もほとんど休みが取れなかった。 11月には県教委に転任希望を出すが、対応はなし。年が明けた2月14日、2人目の教頭も心筋梗塞で緊急入院する。校長から相談を受けていた福間孝志PTA会長は「本当にガックリきたようだ」と振り返る。 3月9日は日曜日だった。校長は8時40分に出勤。PTA役員と教員14人とともに創立130周年記念花壇の整備に参加した後、校舎わきの非常階段で首をつった。校長室の遺書には「能力のないものが校長になり、たくさんの方に迷惑をかけた」とあった。 広島県は2001年4月、全国で最も早く民間人校長の登用を始めた自治体の一つだ。全国最多の6人の民間人校長を採用している。 2002年は経済団体が5人を推薦し、慶徳校長はその中から採用された3人のうちの1人。県教委は約30分間の面接で「子どもが元気に育っていく姿を見ることに情熱を注ぎたい」と答えたことや、小論文で「実社会の多方面で活躍できるたくましい人材を小学校のころから育てる」などと書いたことを評価した。 決め手は広島銀行の東京支店福祉延長という経歴だった。「経営管理能力をこちらが評価するのは困難。経歴自体が実績と考えた」(教職員課) 研修は2日間。午前10時~午後4時、国の教育方針や広島の現状と課題、教育法規などを県教委職員が説明した。3人からの質問は少なかった。下崎邦明教職員課長は「企業で実績のある人物を推薦してもらっている。研修は長ければいいとは限らない」と話す。 だが、学校に対する慶徳校長の認識は十分でなかったようだ。「こんなに仕事に追われるとは思わなかった。失敗した」とこぼし、自分の子ども時代のような、笑顔に囲まれた学校を思い描いていたようだったという。 広島銀行では岡山県の笠岡中央支店長を経て東京支店福支店長になり、定年近くになると提出する出向希望先に「学校関係」と記していた。それが広島商工会議所の依頼で民間校長の推薦者を探していた同行人事部の目にとまった。誠実で勤勉、何事にも一生懸命取り組む人柄もふさわしいと判断した。 銀行の再就職先には私立学校の事務局や大学就職部も多い。同行広報IR室は「『学校関係』が具体的にどんな再就職先を指していたのかはわからない」という。 学校批判 安易なブーム 「起こるべくして」発生 教員免許や教職経験のない「民間人」を公立学校の校長にする制度は、2000年の学校教育法施行規則改正で可能になり、5都道府県に18人の民間校長がいる。公募制の奈良県、半年〜1年の研修を課す東京都の例もあるが、多くは地元経済団体の推薦で選考し、1ヶ月程度の研修で校長になる。 教師のカウンセリングに取り組む諸富祥彦・千葉大助教授は「学校批判を背景に民間人校長が安易なブーム化している。企業の管理職というだけで、教育の現状や教師の苦労を知らない人を短い研修でいきなりトップにするのはむちゃだ」「真面目な性格で追いつめられたのだと思う。起こるべくして起きたことで、亡くなった校長先生は犠牲者だ」と指摘する。 その後の関連記事はこちら |
朝日 |
2003/03/12 |
朝刊 | 35面 | No .N127a030312m35 |
|||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏 |
|||||||
シリーズ・特集; | |||||||||||
見出し: 自殺の校長 休職を希望/尾道、昨年5月に |
|||||||||||
メモ : 民間から登用された広島県尾道市立高須小学校の慶徳(けいとく)和宏校長(56)が自殺した事件で、慶徳校長が就任から約1カ月後の2002年5月、医師に「心身の状態が不調」と診断され、尾道市教委に病気休暇の希望を伝えていたことが203年3月11日、分かった。その後も校長は転任の希望を出すなどしており、早急に手を打たなかった同市教委や県教委に対して批判の声も出ている。 関係者によると、慶徳校長は2002年5月、当時の教頭が病気で倒れた数日後に一人で市教委を訪れ、「医師から情緒不安定との診断を受けた。休ませてほしい」と口頭で伝えたという。これに対し市教委の幹部は、「教頭が倒れた時だからこそがんばらないと」と励ました。新しい教頭を配置するまでの約2週間、市教委職員を同小に派遣するなどの対応をとったが、休暇の希望は受け入れなかった。 慶徳校長はその後も通院などをしており、2002年11月には「人事異動個人調書」に転任の希望を書き、市教委を通じて校長の人事権を持つ県教委に提出していた。 管理人:asahi.comのhttp://www.asahi.com/national/update/0312/006.htmlでは以下の記事が付け加えられていました。
その後の関連記事はこちら |
朝日 |
2003/03/10 |
夕刊 | 15面 | No .N127a030310e15 |
|||||||
広島県/尾道市 |
小学校校長 |
男 |
56 |
慶徳和宏 |
|||||||
シリーズ・特集; | |||||||||||
見出し: 民間から転進/小学校校長が自殺/広島・尾道 |
|||||||||||
メモ : 広島県尾道市高須町の尾道市立高須小学校で2003年3月9日午後1時10分ごろ、校長の慶徳和宏さん(56)が校舎わきの非常階段で首をつって死亡しているのを保護者が見つけた。校長室に遺書があったことなどから、尾道署は自殺とみている。慶徳校長は同県教委が一昨年から採用を始めた民間出身校長の一人。2002年4月、広島銀行の東京支店副支店長から転身した。 調べでは、慶徳校長は9日午前、保護者らと学校の花壇整備をしていたが、正午前から姿が見えなくなった。 尾道市教委などによると、慶徳校長は就任当初から行事のやり方など学校運営について悩み、教頭に夜遅くまで相談することがあったという。2月中旬に教頭が病気で休んでからは周囲に「自分がうまく学校運営できないから教頭に負担をかけた気がする」と漏らしていたという。 同県教委の常盤豊教育長は「民間の経験を生かして活躍を期待していたが、大変驚いている」とのコメントを出した。 管理人:読売新聞http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20030309it12.htmによれば、自殺した慶徳和宏校長は、1970年に早大法学部を卒業し、広島銀行に入行、校長登用前は同行東京支店副支店長だったそうで、着任の会見では「銀行での31年間の経験を生かして、生徒が学びたい、保護者が学ばせたい学校を目指したい」と意欲を見せていたそうですが、学校運営に悩み、配置転換を希望していたそうです。 その後の関連記事はこちら また、地元の中国新聞地域ニュースhttp://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn03031032.htmlでは次のように報じられていました。
ウサギ惨殺事件の際の中国新聞地域ニュースへのリンクはウサギ虐殺で校門閉鎖 尾道・高須小 20021114 |
読売 |
2001/05/22 |
朝刊 | 34面 | No .N127y010522m34 | ||||||
大阪市/平野区 |
小学校校長 |
女 |
56 |
瓜破西小学校/堂北清美 |
||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 校長の自殺労災#F定/保護者との対応で心労/大阪で全国初 |
||||||||||
メモ : 1999年、大阪市立瓜破西小学校当時の校長、堂北清美さん(当時56)が自殺したのは過労死だとして、夫の博さん(70)が行なった公務災害の申請について、地方公務員災害保障基金大阪支部が過労による公務災害と認定したことが2001年5月21日わかった。 同基金が1999年9月、精神疾患による自殺に対する公務災害の認定基準を定めて以降、学校長の過労自殺≠ェ公務災害と認められたのは全国初のケース。 堂北さんは1999年、交通事故でなくなった同校児童の家族から、学校側の対応などについてほぼ連日のように学校や自宅に電話などで抗議を受けた。 1999年2月には「抑うつ状態」と診断され、3月「交通事故のない世の中になってほしい」などと書いた遺書を残し、大阪市内の川で入水自殺した。 博さんは1999年12月「激しい抗議で精神的に追い詰められたのが自殺の原因」として、公務災害認定を請求。 基金は、「特別な状況下における職務。強度の肉体的過労、精神的ストレスの重複により精神的疾患を発症した」と認定した。 夫の堂北博さん 「妻は学校の責任者として逃げ場がなく、孤立無援だった。後押しすべき市教委の対応が不十分だった。組織的に対応に問題がなかったか点検し、説明してほしい」 |
京都 |
2000/03/24 |
朝刊 | 30面 | No .N127k000324m30 |
||||||
京都府/舞鶴市 |
中学校校長 |
男 |
59 |
h**** |
||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: トラブル苦?校長が自殺/舞鶴の中学 |
||||||||||
メモ : 2000年3月23日午前6時40分ごろ、舞鶴市城南中のh****校長(59)が、舞鶴市堀の自宅車庫で首をつっているのを家族が見つけ119番。同校長は病院に運ばれたが、約1時間半後に死亡した。舞鶴西署の調べでは、死因は窒息死。遺書などは見つかっていないが、同中では女性教諭が同僚らの現金を盗んで懲戒免職となるなど問題が多発、同署は相次いだトラブルを苦に自殺したと見ている。 舞鶴市教委によると、同中では1999年12月16日、教諭二人の給与袋から計7万円がなくなり、同月21日には女性教諭が1999年7月から12月に教諭6人のカバンなどから計14万5000円を盗んだと申し出て弁済。しかし、12月10日にも教材販売会社に支払う5万円、2000年3月には二、三年生の修学旅行の積立金計104万1000円がなくなっているのが分かり、h****とe***教頭で補填したという。 h****校長は「自分なりに気持ちの整理をしたい」として2月初めに退職願を提出。女性教諭は同月10日付で懲戒免職、h****校長とe***教頭も文書訓告の処分を受けていた。不明金について女性教諭は関連を否定しているという。 市教委は「死亡した直接の動機は分からないが、自分の指導がいたらなかったと悩んでいたのではないか。一生懸命努力してきた先生で、残念でならない」と話している。 |
朝日 |
1999/12/19 |
朝刊 | 30面 | No .N127a991219m30 |
||||||
鹿児島県/徳之島 |
小学校校長 |
|||||||||
シリーズ・特集; | ||||||||||
見出し: 小学校校長相次ぎ自殺/徳之島で今月2人目 |
||||||||||
メモ : 1999年12月17日、鹿児島県徳之島の伊仙町犬田岬付近の林で、同島天城町の小学校校長(56)が包丁で腹を刺して死んでいるのを捜索中の消防団員が見つけた。 校長は16日、小学校から来るまで外出したままで、遺書は見つかっていないという。 島では、1999年12月9日にも、徳之島町の小学校校長(53)が飛び降り自殺をしたばかりで、いずれも動機はわかっていない。 |
朝日 |
1999/05/09 |
朝刊 | 4面 | No .N127a990509m4 |
||||||
広島県 |
世羅高校校長 |
男 |
58 |
石川敏浩 |
||||||
シリーズ・特集;記者ノート | ||||||||||
見出し: 問い続ける高校長の自殺/伊勢直子/広島支局 |
||||||||||
メモ : 1999年2月13日、石川校長は広島県三原市内で開かれた部落解放同盟県連との卒業式での君が代斉唱についての話し合いの場に、「尾三支部校長協会」副会長として出席。 広島県では1985年に、県知事、県教育長、部落解放同盟と教職員組合など八者が「同和教育の推進に、われわれは一致して努力する」ことなどを確認した文書を交わしていた。しかし、1998年5月に文部省が是正指導に入り、「解放同盟の教育介入の弊害」が県議会でも取り上げられていた。 1999年2月17日、地区校長会が広島県教育委員会に出した要望書には 「身分差別につながる恐れもある『君が代』の歌詞と地区の各校で取り組んできた同和教育との整合性について苦慮しております」とあった。 1999年2月20日、県教育委員会は「君が代」について 「国民統合の象徴でもある天皇をもつ我が国が繁栄するようにとの願いを込めた歌と解釈すべきだ」とする文書を解放同盟県連幹部に示した。 県教育委員会「これが最終見解だ」 解放同盟県連「君が代の君は身分差別を助長する。歌いたくない子どももいる。どうして卒業式で歌わなくてはならないのか」 1999年2月23日、県教育委員会は「国旗、国歌の完全実施」を求めて職務命令を出した。 辰野教育長「校長を支援するつもりだった」 1999年2月25日、世羅高校は「君が代不実施」を地区の高校で一番早く決定した。 1999年2月26日、石川校長は前任の校長に「判断を誤った」と電話を掛けた。 情報収集の結果、不実施を決めたのは同校だけだったことを知ったからだ。 1999年2月27日の深夜、県教育委員会が「要注意校」と見ていた県東部のある県立高校では職員会議が続いていた。 同高校校長 「小さい学校です。人件費の予算も人事も県教委が握っている。国旗国歌ができない事態になれば、もう駄目です。」 1999年2月28日、世羅高校の石川校長は自殺した。 1999年3月1日、世羅高校の卒業式でお生徒のつぶやき 「こんなにもめるなら卒業式はないほうがいい。卒業式はだれのものだ」 「生きていてほしかった。校長先生から卒業証書をもらいたかった」 1999年4月30日、広島県教育委員会は、石川校長の自殺の背景に解放同盟県連や京職員組合の「圧力」があったとする調査結果を発表した。 辰野裕一県教育長は「県教育委員会の責任はない」と明言した。 第2の犠牲者を出さないためにはどうすれば良いのか。 管理人:石川校長の自殺に関する図書紹介はこちら |