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B149 死と葬儀 死にまつわる研究 1


書名:
命の終わり
死と向き合う7つの視点
No. B149068
NDC 114.2
著者・出版社:
大町公/法律文化社
初版2007/07/30
\1,890
内容:
死は誰にでも必ず訪れる。自分の死をどう迎えるか、また身近な人の死をどう受け容れるか、実例を紹介し、読者に問いかける。死と向き合うことは、いま(生)を見つめることでもある。

  1  『楢山節考』を考える    いつ、どこで、どのように死ぬのか
  2  散りぬべき時    安楽に死ぬ
  3  柏木哲夫    「受容の死」とは何か
  4  ターミナルケアを考える    死生観を求めて
  5  上田三四二晩年の死生観    時間は回帰する
  6  岸本英夫の死生観    死は「別れのとき」
  7  「1000の風」について    亡くなった人は今


大町公[オオマチイサオ]
1949年京都生まれ。京都大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程修了(倫理学専攻)。現在、奈良大学教授。

メモ:


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書名:
受け容れる、老いと死と悲しみと
No. B149067
NDC 114.2
著者・出版社:
大町公/法律文化社
初版2002/08/30
\1,890
内容:
どんな境遇でも幸せになれる。自分を“受け容れる”こと。自分にできること、できないことを見分ける。できないことを望まない。できる範囲内で、最善を尽くす。そうすれば、誰にも負けないくらい、喜びもあれば幸せもある。

  1 「生と死」の現在
  2 人生をどう生きるか―星野富弘さんのこと
  3 「老いる」ということ―「死に時」はあるのか
  4 悲しみを癒す―柳田邦男のグリーフワーク
  5 「いのちの大切さ」を考える
  6 受け容れる―私の「死への準備教育」


大町公[オオマチイサオ]
1949年京都生まれ。京都大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程修了(倫理学専攻)。現在、奈良大学教授。

メモ:


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書名:
メメント・モリ  〔新装版〕
No. B149066
NDC 748
著者・出版社:
藤原新也/情報センター出版局
初版1990/05/30
\1,274
内容:
宗教書ではない、哲学書ではない、科学書ではない。生死を語り、命を写した空前絶後のロングセラー。初版1983年2月12日、新装版第1刷1990年5月30日、第25刷2007年5月18日。

  ちょっとそこのあんた、顔がないですよ
いのち、が見えない。生きていることの中心(コア)がなくなって、ふわふわと綿菓子のように軽く甘く、口で噛むとシュッと溶けて情けない。しぬことも見えない。いつどこでだれがなぜどのようにしんだのか。そして、生や死の本来の姿は何か。……
MEMENTO-MORI この言葉は、ペストが蔓延り、生が刹那、享楽的になった中世末期のヨーロッパで盛んに使われたラテン語の宗教用語である。その言葉の下には、わたしのこれまでの生と死に関するささやかな経験と実感がある。
  乳海(ちちのうみ)
  眠島(ねむるしま)
  瞼心(まぶたのうら)
  蝶翳(ちょうのかげ)
  紅棘(あかいとげ)
  天鏡(てんのかがみ)
  汚されたらコーラン


藤原新也[フジワラシンヤ]
1944年、福岡県生まれ。東京芸術大学油絵科中退。インドを振り出しにアジア各地を旅し、『印度放浪』『西蔵放浪』『全東洋街道』などを著す。第3回木村伊兵衛写真賞、第23回毎日芸術賞などを受賞。

メモ:
写真家 藤原新也オフィシャルサイト -fujiwara shinya official site- はこちらから。Memento moriの作品の一部がサイト上で見られます。


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書名:
なにも願わない手を合わせる
No. B149065
NDC 914.6
著者・出版社:
藤原新也/東京書籍
初版2003/08/13
\1,890
内容:
肉親が他界するたびに四国巡りをする。そんな著者が壮絶な兄の最期に立ち会い、波立つ心を抱えて訪れた三度目の四国への旅は…。薬王寺の境内に立つ地蔵菩薩に兄の顔が重なり、三十六番札所の青龍寺で祈る幼女の姿に「無心」の境地をみる。愛する者の死をどう受け入れるか、いかに祈るのか。足取りを記した四国巡礼地図付き。

  顔施
  童眼
  老い歌
  なにも願わない手を合わせる
  安らかなり
  古い時計
  犬影
  色食是空
  死蝶
  菜の花電車
  人生のオウンゴール
  水に還
  春の猫
  まなざしの聖杯
  富士を見た人
  垂乳根
  東京物語
  刃
  無音
  夢の技法
  営みの花
  春花考


藤原新也[フジワラシンヤ]
1944年、福岡県生まれ。東京芸術大学油画科中退。第3回木村伊兵衛賞、第23回毎日芸術賞などを受賞。

メモ:
文春文庫(2006-10-10出版 \829)あり

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書名:
中公新書ラクレ
「死」を子どもに教える
No. B149054
NDC 375
著者・出版社:
宇都宮直子/中央公論新社
初版2005/10/10
\756
内容:
「人を殺してみたかった」と子どもが殺人を犯す時代。命の尊さを伝えるために、われわれは何ができるのか?日本での普及が望まれる「デス・エデュケーション」の実践例から考える。

  1章 見つめるべきもの
    普通の子どもたち
    ある教師の挑戦
    対象喪失の理解
    手順と方法
    分かち合いへの階段
    生徒の声

  2章 変化への道程
    礎の人
    アルフォンス・デーケンの足跡
    自死を防ぐために
    五つの提案
    「向こう」への希望
    ある女性の死;悲嘆のプロセス
    老後世代のデス・エデュケーション
    今を認める勇気

  3章 実践へ向けて
    夏期セミナー
    分科会
    現場に立つ教師
    研修会の午後
    指導案
    ホスピスからの発信
    「特別」からの脱却

  4章 命への懸け橋
    教室の歌声
    体験を聞く午後
    思いの共有
    それぞれの放課後
    涙の理由
    生徒との温度差
    一〇年を経て



宇都宮直子[ウツノミヤナオコ]
医療、人物、動物、スポーツなどに関するノンフィクションやエッセイを、新聞や月刊誌に発表

メモ:


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書名:
生活人新書
死にゆく人のための医療
No. B149053
NDC 490.15
著者・出版社:
森岡恭彦/日本放送出版協会
初版2003/11/10
\693
内容:
脳死、自殺、安楽死、尊厳死。死または臨死を迎えた人たちに、古今東西の医学や宗教はどう向き合ってきたか。〈いのち〉の終わりをどう理解してきたか。だれもが迎える死の、今日的な様相を探り、死に臨む人びとの自己決定権や家族の意思、医師・医療関係者の判断や司法解釈など、ますます複雑化する環境のなかで21世紀の「死に方」を考察する。

   第1章 新しい死の概念―脳死
   第2章 死のさまざまな様相
   第3章 人は自ら命を縮めてよいか
   第4章 終末期の医療―安楽死から尊厳死へ
   第5章 ターミナルケア
   第6章 安楽死の容認
   第7章 死にゆく人をめぐる問題点


森岡恭彦[モリオカヤスヒコ]
日本赤十字社医療センター名誉院長。東京大学名誉教授。1930年東京都生まれ。東京大学医学部卒業。宮内庁御用掛や関東労災病院長等を歴任して現職

メモ:


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書名:
中公新書
こころの作法
生への構え、死への構え

No. B149050
NDC 914.6
著者・出版社:
山折哲雄/中央公論新社
初版2002/09/25
\714
内容:
こころが定まらない―。こうした思いを抱きながら、わたしたちは日々を送っている。日本人のこころに衰えが兆しているのではないか。他者と共感する力。人間の背後に隠されている“崇高さ”あるいは“凶悪さ”への感受性。死に対する態度。定まらぬこころがこれらを不確かなものとしている。本書は、長年日本人のこころを見つめ思いを巡らせてきた著者による、揺るぎないこころを持つためのレッスンなのである。

  第1章 こころの原風景
  第2章 「語り」の力
  第3章 人間、この未知なるもの
  第4章 私の死の作法
  第5章 精神性について
  第6章 伝統のこころ、近代のこころ
  第7章 眼差しの記憶


山折哲雄[ヤマオリテツオ]
1931年(昭和6年)、サンフランシスコで生まれる。東北大学卒業。国立歴史民俗博物館教授、白鳳女子短期大学学長などを経て、現在、国際日本文化研究センター所長

メモ:


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書名:
文春新書
覚悟としての死生学

No. B149049
NDC 114.2
著者・出版社:
難波紘二/文芸春秋
初版2004/05/20
\735
内容:
なぜ人を殺してはいけないのか―。この問いに十全に答えられる人はどれだけいるだろう。自分の身体を売るのは自らの自由か。さて、どうしますか。尊厳死、安楽死をあなたは望みますか。道徳が崩壊し、倫理も変容するなか、他人の価値観に操られず、悔いなく暮し、納得して死ぬために自らの死生観の確立を。気鋭の病理学者が開陳する刺激的なヒントの数々。文字どおり生死を分ける一冊です。

  第1章 他人の価値観に操られないために
    尊厳死・安楽死とは何か
    臓器移植は理想的な医療か ほか
 
   第2章 人を殺すためのルール
    なぜ人を殺してはいけないのか
    死刑制度は廃止すべきか ほか

  第3章 生と死の賢い選択術
    自殺は許されるのか
    身体を売るのは自分の勝手か ほか

  第4章 自分の死生観をもつために
    倫理・道徳はどうして変質するのか
    自然界における人間の位置 ほか


難波紘二[ナンバコウジ]
1941年、広島市生まれ。広島大学医学部卒。72年、呉共済病院臨床病理科医長。74〜76年、米国立がん研究所病理部に留学。悪性リンパ腫の研究に従事。80年、悪性リンパ腫国際分類の策定計画に参加。82年、広島大学総合科学部教授、現在にいたる。専門分野は血液病理学、生命倫理。97年から、広島市の自宅を引き払い県央の里山に暮す

メモ:


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書名:
講談社プラスアルファ新書
仏教「死後の世界」入門
美しく生きて美しく死ぬ

No. B149048
NDC 181.4
著者・出版社:
ひろさちや/講談社
初版2002/07/20
\819
内容:
老いも病気も死も、極楽浄土への道。仏教入門。極楽へは誰でも行けるのか。虫を一匹殺しただけでも地獄に堕ちるのか。冥途の先の六道世界をひとめぐりし、来世への希望がもてる美しい死と、現世の生き方を説く。

 第1章 死への旅立ち
  第2章 来世への旅立ち
  第3章 地獄めぐり
  第4章 餓鬼と畜生の世界
  第5章 天界と修羅と娑婆
  第6章 極楽めぐり


ひろさちや[ヒロサチヤ]
1936年、大阪に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程を修了。気象大学校教授を経て、宗教文化研究所を設立。まんだらの会会長。宗教評論家。宗教が特別視され、疎んじられがちな日本にあって、仏教を身近なものに広める啓蒙活動を続ける

メモ:


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書名:
岩波新書
二度目の大往生
No. B149047
NDC 914.6
著者・出版社:
永六輔/岩波書店
初版1995/10/20
\714
内容:
「人間は病気で死ぬんじゃない。寿命で死ぬんだよ」「がんばってくたびれちゃいけません。くたびれないようにがんばらなきゃ」―生きる知恵に満ちた庶民の言葉の数々、そして、「一人対談」や講演ドキュメントで構成する紙上バラエティ。思わず笑い、やがてしんみり考えさせられる。『大往生』二百万読者におくる待望の第二弾。

  1 生命―「くたびれないようにがんばらなきゃ」
  2 病気―「人間は寿命で死ぬんだよ」
  3 死―「散る桜残る桜も散る桜」
  4  宗教―「ありがたいことはみんないただこう」


永六輔[エイロクスケ]
1933年、東京・浅草の浄土真宗住職の次男として生まれる。早稲田大学在学中より放送の世界に入り、放送作家として頭角をあらわす。以後、ラジオやテレビの構成を手がける一方、司会者、作詞家、語り手など幅広いジャンルで活躍中

メモ:


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書名:
死なないでいる理由
No. B149046
NDC 104
著者・出版社:
鷲田清一/小学館
初版2004/05/10
\1,785
内容:
生きることの意味、老いることの意味、自分がここにいることの意味。現代人の「いのち」の根っこの弱さ、寂しさ、壊れやすさの理由を都市生活から解き明かす。都市やファッションなどの評論から文学論まで新聞・雑誌などで幅広い発言を続けている哲学者の現代文明批評である。現代人の特徴である「いのち」の根っこの弱さ、寂しさ、壊れやすさの理由を都市生活の中から考える。本書の内容は4部構成である。第1部「妙に哲学的な時代」は、日本は政治・経済・教育などが混乱している今こそ、考えるという哲学的思考が必要であると、歴史的に論証する。第2部「寂しい時代」は、不幸の声ばかりが聞こえ、なぜ幸福論が語られないかについて、文学作品などを引用しながらコミュニケーションがとり難い現代の寂しい時代を解明する。第3部「ひととひとのあいだ」は、医療や教育現場でのひととひとの曖昧な関係、変化する家族のかたちについて言及する。第4部「都市的な感情」は、都市の風合いとして、様々な文化の集積所である都市とひととの関係、日本においてのブランドの意味を語る。


  1 寂しい時代
      時が去りゆく、物が消える―現代の奇妙な喪失感情について
      死なないでいる理由―消えた幸福論

  2 ひととひととのあいだ
      見えない死―医療の現場で
      うつろいゆく成熟のイメージ―教育の現場で ほか

  3 都市の感情
     都市のテクスチュア
      「顔」という現象―似顔絵が描きだすもの ほか

  4 哲学とファッション
      妙に哲学的な時代
      ブランドに映るニッポン


鷲田清一[ワシダキヨカズ]
1949年京都市生まれ。京都大学文学部卒業、同大学院文学研究科博士課程修了。関西大学文学部教授などを経て、現在、大阪大学大学院文学研究科教授。哲学・倫理学専攻。

メモ:


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書名:
ちくまプリマ−新書
死んだらどうなるの?
No. B149043
NDC 114.2
著者・出版社:
玄侑宗久/筑摩書房
初版2005/01/25
\756
内容:

  怖かった死のこと

  第一章  死とは何か
     死の定義
     「いろは歌」の死の世界
     死ぬとどこへ行く    ほか

  第二章 「あの世」って、どういうところ?
     「あの世」という呼び方
     お盆とお月さま
     他界としての山
     極楽という異世界
     臨死体験が示すもの
     瞑想と「あの世」
     海のかなたに還る
     地獄と極楽
     暗在系とお悟り   ほか

  第三章  魂って、あるのかな?
     知性と科学の限界
    魂と霊の違い
     「空」について
     さまざまな輪廻
     心と意識と霊と魂   ほか

  第四章   あらためて死とは何か
     死も相対的?
     日常のなかの生死
     生まれ直し
     散るももみぢ
     胡蝶の夢   ほか


玄侑宗久[ゲンユウソウキュウ]
1956(昭和31)年福島県生まれ。作家。天龍寺専門道場での修行を経て、現在は、臨済宗妙心寺派福聚寺副住職。慶応義塾大学文学部中国文学科卒業。著書に『中陰の花』(第百二十五回芥川賞)など

メモ:


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書名:
知恵の森文庫
友を偲ぶ
No.B149040
NDC 914.6
著者・出版社:
遠藤周作 編/光文社
初版2004/12/15
\650
内容:
川端康成、向田邦子、三島由紀夫、開高健、池波正太郎、色川武大、手塚治虫、檀一雄、井上靖、石原裕次郎、美空ひばり…etc.。著名人の死に際して、その友が贈った愛惜・賛辞・追憶・批評の言葉の数々。死について独自の見識を持った編者が選りすぐった、珠玉の追悼文集。文庫版特別編として編者への弔辞を新たに収録。

  1 愛惜
   斎藤茂吉(昭和28年2月25日没)―頑固にして専横(北杜夫)
   坂口安吾(昭和30年2月17日没)―坂口安吾の死(檀一雄)
   梅崎春生(昭和40年7月19日没)―よき先輩梅崎氏(遠藤周作)
   小泉信三-古今亭志ん生
   川端康成     -今東光
   今東光        -今日出海
   向田邦子    -秋山ちえ子
   小林秀雄    -今日出海
   有吉佐和子 -戸板康二
   夏目雅子    -和田勉
   川上宗薫    -色川武大
   石原裕次郎 -石原慎太郎
   大岡昇平    -水上勉
   手塚治虫    -中島梓
   色川武大    -筒井康隆
   開高健      -三浦哲郎
   池波正太郎-司馬遼太郎
   野間宏      -木下順二   ほか

  2 追悼
   谷崎潤一郎(昭和40年7月30日没)  ―谷崎朝時代の終焉(三島由紀夫)
   三島由紀夫(昭和45年11月25日没)―三島由紀夫氏の死ののちに(武田泰淳)
   志賀直哉(昭和46年10月21日没)   ―終焉の記(阿川弘之)
   円地文子    -瀬戸内寂聴
   美空ひばり  -井上ひさし
   井上靖       -大江健三郎
 
  3 弔辞
   横光利一(昭和22年12月30日没)―弔辞(川端康成)
   梶山季之(昭和50年5月11日没)―弔辞(吉行淳之介)
   檀一雄(昭和51年1月2日没)―弔辞(尾崎一雄)
   舟橋聖一     -丹羽文雄
   植草甚一     -丸谷才一
   芥川比呂志 -中村真一郎
   石川淳       -安部公房

  文庫版特別編
   遠藤周作(平成8年9月29日没)  ―弔辞 安岡章太郎

  解説 嵐山光三郎


遠藤周作[エンドウシュウサク]
1923(大正12)年3月27日、東京生まれ。満州大連、神戸と渡り、11歳のときにカトリックの洗礼を受ける。慶応義塾大学文学部仏文科卒。1996年9月29日逝去

メモ:
友を偲ぶ ISBN:433405188 光文社 (1991-09-30出版) NDC分類:914.6 :\1,223の文庫化


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書名:
ちくま文庫
生きるかなしみ
No. B149038
NDC 914.600
著者/出版社:
山田太一【編】/筑摩書房
初版1995/01/24
\525
内容:
人は誰でも心の底に、さまざまなかなしみを抱きながら生きている。病や老いだけでなく、ほんの小さなことや、時には愛するがためのかなしさもある。今、大切なことは「生きるかなしさ」に目を向け、人間のはかなさ、無力を知ることではないだろうか。「生きるかなしみ」と真摯に直面し、人生の幅と厚みを増した先人達の諸相を読む。朝日新聞「天声人語」2003年4月5日で紹介。

  断念するということ  (山田太一)
   *
  或る朝の  (吉野弘)
   *
  覚悟を決める・最後の修業  (佐藤愛子)
  めがねの悲しみ  (円地文子)
  私のアンドレ  (時実新子)
   *
  兄のトランク  (宮沢清六)
  二度と人間に生まれたくない  (宇野信夫)
  太宰治―贖罪の完成  (五味康祐)
   *
  山の人生  (柳田国男)
  『秘められた日記』から  (アンドレジッド)
  『断腸亭日乗』から  (永井荷風)
   *
  二つの悲しみ  (杉山龍丸)
  望郷と海  (石原吉郎)
   *
  大目に見られて  (ラングストン・ヒューズ:大島始訳)
  失われた私の朝鮮を求めて  (高史明)
   *
  親子の絆についての断想  (水上勉)

メモ:


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書名:
岩波新書
生と死の心模様
No. B149037
NDC 490.150
著者/出版社:
大原健士郎/岩波書店
初版1991/03/20
\672
内容:
現代医療は、病気を診て人間を診ないといわれる。脳死、臓器移植、がん告知、ターミナル・ケアなど、患者を取りまく環境は近年大きく変わり、人の心を扱う精神科医の役割もますます大きくなってきている。心病める現代人や末期患者など、臨床の現場で患者の声を聴きつつ、死とは何か、生とはなにか、医療の役割とは何かを考える。

  はしがき

  1 死と精神医療

  2 現代人の心の風景T  思春期症候群
    拒食症
    シンナーを吸う少年たち
    登校拒否

  3 現代人の心の風景U  壮年期の危機
    アルコール依存症
    出社拒否とうつ病
    うつ病と神経症

  4 自殺者との対話
    自殺企図者の種々相
    自殺者との対話
    死ぬほど助かりたい
    未遂者たちのその後

  5 現代医療にゆれる心
    がんの告知と心の葛藤
    死の定義を再考する
    臓器提供をする人される人
    ターミナル・ケアをめぐって

  6 生きる欲望
    森田療法と生の欲望
    永遠の生命
    現代医療における精神療法

  おわりに


大原健士郎 [オオハラケンシロウ]
1930年、高知県に生まれる。東京慈恵会医科大学を卒業。東京慈恵会医科大学助教授を経て浜松医科大学教授となり、1996年に同大学名誉教授となる。

メモ:


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書名:
文春新書
さまよう死生観
宗教の力
No. B149036
NDC 160.400
著者/出版社:
久保田展弘/文芸春秋
初版2004/03/20
\735
内容:
いのちの危機の時代である。民族紛争の現場に限らない。危機は私たちの日常にある。食物が溢れ、医療やインフラが整備され、死を忘れたかのような文明の只中に、不安が不気味な貌をのぞかせる。死生観が揺れている。永年、日本はじめアジア、欧州、中近東の多様な宗教圏を実際に歩み人々の生き死にへの思いを肌身で探ってきた宗教学者が、母の病変とその死に向きあい、改めて問う―人間とは何か、人は死をどう受けいれるのか、いま、宗教はどんな力を与えられるのか…。

  はじめに 巨樹の下で老人に出会う

  第1章 “いま”という時代
   豊かさと不安
   死が呼びかけるもの  ほか

  第2章 曖昧な生と死
   誕生と往生はいつ
   脳死と臓器移植  ほか

  第3章 多神教は生と死をどうとらえたか
   仏教 涅槃と「あの世」
   不殺生という生命観 ジャイナ教の現実感覚
   アニミズム 共生という不条理  ほか

  第4章 唯一神教世界における死と生
   ユダヤ教の現世主義
   「神の道具」と「神の器」
   安楽死という死に方、生き方  ほか

  第5章 インド・ベナレスの岸辺で
   「死を待つ人の家」
   死者の沐浴
   輪廻という生命観  ほか

  第6章 日本人の生と死への思い
   霊魂への恐れと親しみ
   浄土という道しるべ
   生と死の自然観
   良寛  縁にゆだねて生きる

  終章 生から死へ、死から生へ
   進歩の中の退化
   「生きたい」あるいは「死にたい」
   始原に向き合う
   チャレンジと諦念  ほか


久保田展弘 [クボタノブヒロ]
1941年、東京生れ。早稲田大学卒業。仏教・東洋哲学を学び、のちにアジア各地から中近東、ヨーロッパに調査を重ね、多神教・一神教を様々のテーマで比較研究。現在、大学、各地のセミナー、カルチャースクールで比較宗教・死生観をテーマに講座をもつ

メモ:


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書名:
生の科学、死の哲学
養老孟司対談集
No. B149033
NDC 914.600
著者/出版社:
養老孟司/清流出版
初版2004/07/22
\1470
内容:
人間の身体と意識を徹底解剖。

  T
   夢枕獏―生物と自然の不思議な話
   佐原真―解剖学と考古学
   中村方子―ミミズのいる豊かさ
   東海林さだお―生物の感覚という自然
   妹尾河童―記憶、生命、連綿と続いてゆくもの
   舟越桂―身体をめぐる具象と抽象

  U
   甲野善紀―古武術が語る身体の可能性
   吉村作治―集めて、調べて、考えるおもしろさを発掘する
   安部譲二―生体と死体、どちらが怖い?
   安野光雅―生と死への処方箋
   船曳建夫―自己意識を舞台に上げる
   香山リカ―スピリチュアルとマテリアル
   佐藤雅彦―ひらめきは快感とともにやってくる

  V
   いとうせいこう―鏡の錯覚、公私の錯覚
   池田清彦―二十一世紀の代謝と循環
   池田晶子―身体を使って考え続けよ
   夏目房之介―マンガの文法を“脳”で読み解く
   関川夏央―憂国の時代
   橋口譲二―生きる哲学との出会い


養老孟司 [ヨウロウタケシ]
1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、インターンを経て解剖学教室に入り、東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程修了。標本作りなど、研究のかたわら、文学的領域でも活動の場を広げてきた。1995年に東京大学医学部教授を退官、1996年より北里大学教授。東京大学名誉教授


メモ:
死,マンガ,解剖学

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書名:
新潮新書
死の壁
No. B149032
NDC 914.600
著者/出版社:
養老孟司/新潮社
初版2004/04/15
\714
内容:
バカより高い壁があった・・・・・。逃げず、怖れず、考えた最終解答。私たちは死を遠ざけ過ぎてはいないだろうか。見えないふりをしてはいないだろうか。死を考えれば、世の中が見えてくる。自分が見えてくる。私の人生の記憶は父親の死から始まっています。人生は物心つく頃から始まるとすると、私の場合には人生が最初から死に接していたことになります。それで死という主題をよく扱うのかもしれません。解剖学を専攻した理由の一つも、そこにあるのかもしれない。そう思うこともあります。いまでは多くの人が、死を考えたくないと思っているようです。でもたまにそういうことを考えておくと、あんがい安心して生きられるかもしれません。ともかく私は安心して生きていますからね。(あとがきより)

  序章 『バカの壁』の向こう側
    人生の最終解答
    人が死なない団地  ほか

  第一章 なぜ人を殺してはいけないのか
    中国の有人宇宙船は快挙か
    ブータンのお爺さん
    二度と作れないもの
    人間中心主義の危うさ  ほか

  第二章 不死の病
    不死身の人
    「本当の自分」は無敵の論
    死とウンコ
    裸の都市ギリシャ
    宅間守の怖さ  ほか

  第三章 生死の境目
    診断書は無関係
    クエン酸回路
    去年の「私」は別人
    生きている骨  ほか

  第四章 死体の人称
    一人称の死体
    二人称の死体
    三人称の死体  ほか
  
  第五章 死体は仲間はずれ
    清めの塩の意味
    なぜ戒名は必要か
   人非人とは何者か
    「間引き」は入会審査
    ベトちゃんドクちゃんが日本にいない理由  ほか

  第六章 脳死と村八分
    イラン人の火葬
    死刑という村八分
    臓器移植の不思議
    ケネディは裏口入学  ほか

  第七章 テロ・戦争・大学紛争
    戦争と原理主義
    正義の押し付けがましさ
    戦争で人減らし
    軍国主義者は戦争を知らない
    国益とは何か  ほか

  第八章 安楽死とエリート
    安楽死は苦しい
    エリートは加害者
    産婆の背負う重荷
    解剖教室の花  ほか

  第九章 死と人事異動
    死の恐怖は存在しない
    老醜とは何か
    死の効用
    生き残ったものの課題
    日々回復不能  ほか


養老孟司[ヨウロウタケシ]
1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、インターンを経て解剖学教室に入り、東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程修了。標本作りなど、研究のかたわら、文学的領域でも活動の場を広げてきた。1995年に東京大学医学部教授を退官、1996年より北里大学教授。東京大学名誉教授

メモ:
安楽死,脳死

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書名:
平安の祈り
源氏物語にみる人生観・死生観
No. B149031
NDC 913.360
著者/出版社:
茂野初枝/碧天舎
初版2003/1/20
\1050
内容:
光源氏と女性たちとの華やかな恋物語というだけでなく、一人一人の女性の生きる悩みや苦しみが深く書かれているし、若くして出家してゆく人もいるので、軽い気持ちでは読めなくなった。各巻にはいろいろな神、仏、経典、熱心に信仰する人々の生活も書いてある。源氏が若いのに仏教に詳しく、亡くなった人に対して後の御供養を丁寧に行うのも意外であった―「源氏物語」に登場する仏教をはじめ、神道や陰陽道に至るまでの宗教儀礼を探し出し、当時の人びとと作者紫式部の宗教観・人生観を分析した書。

  第1章 各巻に書いてある宗教

  第2章 各宗派の御本尊
   阿弥陀仏
   釈迦牟尼仏
   薬師仏
   毘盧遮那仏
   大日如来

  第3章 光源氏と薫の性格
   光源氏の癖
   薫の性格

  第4章 華厳経(入法界品)と源氏物語
   善財童子の旅1〜6

  第5章 光源氏と女性たちの信仰心
   光源氏と宗教
   紫の上と法華経
   明石の上と住吉明神
   玉鬘と長谷観音

  第6章 作者の仏教観

  第7章 源氏物語の仏教思想


メモ:
死、源氏物語,華厳経,法華経


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書名:
いのち、生きなおす
あなたは人生の最期をどこで迎えますか
No. B149028
NDC 494.500
著者/出版社:
玉地任子/集英社
初版2003/11/30
\1600
内容:
患者さんは、短くても残りのいのちを生きなおすために家に帰ります。死にゆく人と向き合い、共に苦しみ、泣いて笑った家族は、涙だけでなく、たくさんの汗を流したことで、悲しみよりも「家で看取ることができた!」「よくここまで頑張れた!」という達成感を感じると言います。家族は納得のいくお看取りの後、患者さんが大きな贈り物を遺していったことに気づきます。「大切に生きる」ということです。そして家族も、生きなおすことができるのです。

   最初の物語  命には限りがある

   1の章 あなたは人生の最期をどこで迎えますか
   2の章 私、幸せ探しの旅のお供です
   3の章 まだ死にたくない、もっと生きたい!
   4の章 病を受け容れたところから生きなおす
   5の章 死に場所の選択
   6の章 いのちは誰のものですか
   7の章 死ぬことは負けることではない
   8の章 十八歳の青年に残された最後の日々
   9の章 好きなことに挑戦して、余命を輝かせる
  10の章 両親の死をどう乗り越えるか
  11の章 家族を愛し愛されて、あるがままを生きた四カ月
  12の章 在宅医療を選択するということ
  13の章 この仕事に出会えて、私は幸せです

  最後の物語―死にゆく人の深い心の疼きに寄り添って


玉地任子[タマチヒデコ]
1944年、宇都宮市に生まれる。名古屋市立大学医学部卒業後、精神科医として精神病院に勤務。1972年、エリザベス・キューブラー・ロス(アメリカの精神科の女医)が、がん患者にインタビューをしてまとめた『死ぬ瞬間』(中公文庫)を読んだことが、がん患者の終末医療にたずさわるきっかけになる。神奈川県厚木市にホスピスを作るための市民運動にかかわり、1992年に横浜甦生病院ホスピス病棟長に就任。その後、厚木市に末期がん患者の住宅医療を支援する「ゆめクリニック」を開設、2003年10月現在140人の患者さんを家で看取った

メモ:
関連記事紹介はこちらから


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書名:
不安の力
turba mentis vigor meus
No.B149027
NDC914.6
著者・出版社:
五木寛之/集英社
初版2003/05/30
\1300
内容:

  プロローグ  ぼくはこんなふうに不安を生きてきた
      不安は恐ろしいものではない
      引き揚げ後から青春期における不安
      無数の不安にとり囲まれながら     ほか

  1 いま、だれもが抱える不安
        心寮内科に通う女性たち
        外からは見えない「こころの不自由」
        不安は人間を支える大事な力

  2 「こころの戦争」に傷ついてしまう不安
        「こころの戦争」で傷つき自殺に向かう人びと
        泣くこともこころ萎えることも大切だと思う    ほか

  3 若さが失われていくことへの不安
       一元的な文化の貧しさ
       若さだけではなく成熟の魅力にこだわる    ほか

  4 真に頼るものが持てない不安
       信じるものを持つことの強さ
        宗教という見えない世界の意味
        無魂洋才から新しい和魂の時代へ

  5 時代にとり残されることへの不安
        アナログの現実とデジタルの異空間    ほか

  6 暴発するかもしれない自分への不安
        眠れない夜をどう過ごすか
        自分にも魔がさす瞬間が舞い降りる    ほか

  7 働く場所が見つからない不安
        自分に何ができるかを見極める    ほか

  8 病気と死の影におびえる不安
        不条理な死というものへの恐れ
        死と直面することで性を実感できる
        この世でただひとりの存在である自分

  9 すべてが信じられないことの不安
        みんあちがって、みんないい、の世界
        裸で生まれてきて、裸で死んで行く

 10 本当の自分が見つからない不安
        本当に大切なことは内に隠されている

  エピローグ 不安をより強く生きる力とするために

  あとがき


五木寛之[イツキヒロユキ]
1932(昭和7)年9月、福岡県生まれ。生後間もなくして朝鮮半島に渡り、'47年に引揚げる。早稲田大学文学部露文科に学ぶ。その後、PR誌編集、作詞家、ルポライターを経て、'66年に『さらばモスクワ愚連隊』で第6回小説現代新人賞、'67年に『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞受賞。'76年『青春の門』で吉川英治文学賞を受賞。現在まで小説、評論、エッセイと幅広く著作活動を続け、その分野は文学、音楽、美術、演劇まで多岐に渡る。いずれの著作も時代を鋭くとらえ、「個」の立場から体験をふまえた自由で独特な発想は多くの読者を惹きつけてきた。また、近年は宗教と民俗を中心にしたテーマが目立つ。代表作は、小説に『戒厳令の夜』・『風の王国』、評論やエッセイでは『風に吹かれて』・『生きるヒント』シリーズ・『大河の一滴』・『他力』・『日本人のこころ』シリーズ・『百寺巡礼』シリーズ、また蓮如に関する小説、エッセイ、劇作など著書多数。

メモ:
エピローグより一部抜粋
不安を感じるこころというのは、人間の自由を求めるこころであり、やさしさであり、愛の深さであり、感受性の豊かさです。その不安をどんなふうに希望に転化させていくか、ということを考えるべきなのです。
ですから、あえて言えば、不安は希望の土台です。不安を感じることが、人間が人間としてあるということの出発点なのです。
ぼくは不安を肯定し、〈不安の力〉というものを認めたいと思うのです。
(中略)
むしろ不安を一つのバネとして、その不安からどんな希望を見つけていくのか。それが大事なことではないでしょか。二十一世紀の希望の第一歩、それは不安から始まるのではないか、とぼくは信じているのです。
ISBN:4087812898

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書名:
死んでなお生きる詩人
No. B149024
NDC 911.520
著者/出版社:
北川朱実/思潮社
初版2001/03/01
\2600
内容:
この本に登場する十三人の詩人は、「読売文学賞」を受賞して天寿をまっとうした詩人を除き、二十代の終りに余命一年という胃癌の宣告を受けた女性詩人をはじめ、病苦に犯されたり、首を吊り手首を切って自殺したりしたひとばかりだ。志なかばで倒れた薄幸な詩人たちの苛酷な生きざま書きざまを辿りながら、著者はあたかも布教師のように、死後なおよみがえる不屈の詩的生命を説いてやまない。異色の詩人論。

  永塚幸司   ―私は船乗りやピアニストであるべきだった
  清水正一   ―錆庖丁一本研イデマンネリズムヲ断ツ
  天野忠      ―みえない座蒲団の上で
  瀬沼孝彰   ―大切なことは寒い時にどう歩くかではないでしょうか
  相良平八郎―書けなくても書くんですのたうちまわって書くのです
  氷見敦子   ―ブランド詩を蹴ちらし蹴ちらし
  長岡三夫   ―田舎の親父東京へ来るな
  南信雄     ―桶じゃないんだからタガなんかはずせ
  谷沢辿     ―出不精で口下手で悪筆で下し立ての下し金のように引っかかり
  征矢泰子  ―のんべえだった。わがままだった。やさしかった。
  本多利通  ―詩を書くという行為は死の予行演習である
  寺島珠雄  ―アウトサイダーだろうとミツヤサイダーだろうと
  佐藤泰志  ―揚げは揚げわかめはわかめの味がした

メモ:
DV,売春,覚せい剤

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書名:
新潮新書
死ぬための教養
No. B149023
NDC 910.268
著者/出版社:
嵐山光三郎/新潮社
初版2003/04/10
\680
内容:
死の恐怖から逃れるための最大の処方箋だった宗教が力を失った今、「自分の死を平穏に受け入れる」ために必要なものは、「教養」だけである。単なる知識ではない、「死ぬための教養」こそが、「自己の終焉」を納得するための武器となるのだ。五度も死にかけた著者が、宇宙論から闘病記まで四十六冊を厳選!これが、「死」を自己のものとして受け入れる教養である。


  はじめに  なぜ「死ぬための教養」が必要か

  第1章 一九八七年、四十五歳。生まれて初めての吐血
  血を吐いた程度じゃ死ねない(『ミニヤコンカ奇跡の生還』)
  物としての自分か、あるいは生命としての自分か(『死をめぐる対話』)
  高見順のようにブンガク的につめは伸びやしません(『死の淵より』)  ほか

  第2章 一九九二年、五十歳。人生を一度チャラにする
  全勝なんて力士には興味ない(『人間 この未知なるもの』)
  芭蕉が最後にたどり着いたのは、「絶望」(『芭蕉の誘惑』) ほか

  第3章 一九四五年、三歳。初めて死にかけた
  作家が書いたものはすべて、小説という形を借りた遺書である(『豊饒の海』)
  川端康成の小説にせまりくる人間の死(『山の音』)
  人間が生殖によって死を「克服する」のは不可能である(『死と愛』)
  死という文字が、意味するもの(『死の日本文学史』)
  「性愛の秘儀化と即身成仏」って?(『生と死のコスモグラフィー』)  ほか

  第4章 一九九八年、五十六歳。ふたたび激しく吐血
  そうだ、生きていたいのだ(『大西洋漂流76日間』)
  死ぬときは、みんな一人(『たった一人の生還』)
  死は、恐れとエロティックな感情をかきたてる(『人間らしい死にかた』)
  どうやって死んでいったらいいのだろうか(『江分利満氏の優雅なサヨナラ』)
  いかに多くの人が空海にたよったか(『空海の風景』)
  死にゆく母に何ができるのか、人にとって死とは何か(『おだやかな死』) ほか

  第5章 二〇〇一年、五十九歳。タクシーに乗って交通事故
  人の一生も国の歴史も川の流れと同じ(『日本人の死生観』)
  遺族には、長い悲しみが待っている(『死ぬ瞬間』)
  宮沢賢治も法華経にすがっていた(『宮沢賢治「雨ニモマケズ」手帳研究』)
  がんをお告知されたとき、患者はどう考えるか(『がん患者学』)
  自殺願望は、事故を起こしやすい傾向を高める(『死因事典』)
  詩で自分の死後の世界を克服する(『私の死生観』)
  魂にとって重要な夜とは(『地獄は克服できる』)
  井伏鱒二のように生きてみたい(『還暦の鯉』) ほか


嵐山光三郎[アラシヤマコウザブロウ]
1942(昭和17)年静岡県生まれ。作家。国学院大学国文科卒、平凡社入社。三十八歳で雑誌『太陽』編集長を最後に退社、独立。著書に『素人庖丁記』(講談社エッセイ賞)、『芭蕉の誘惑』(JTB紀行文学大賞)など。最近は、日本の近代文学を新しい視点で捉えた作品を手掛けている。

メモ:
死、自殺、がん

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書名:
新潮新書
死亡記事を読む
No. B149022
NDC 70.180
著者/出版社:
諸岡達一/新潮社
初版2003/06/20
\680
内容:
ここには人間のドラマがある。眼光紙背に徹すれば、たった十数行の記事でも、その一語一語が奥深い。夏目漱石から司馬遼太郎まで、文学者の死はいかに報じられてきたか。芸能人はなぜバカでかい記事になるのか。経済人や野球選手の扱いは業績に比して小さい。名前の右に傍線が引かれる由来は。軟派の社会面は見出しで勝負。…誰もが毎日目にしながら、実は知られていないその読み方。

  序  章 草分け女性文化人三人の死
  第1章 小さな小さな訃報に味がある
  第2章 大別すれば関係者型と知名度型
  第3章 文学者に見る百年の変遷
  第4章 なぜ芸能人の扱いはバカでかくなるのか
  第5章 元プロ野球選手は寂しい
  第6章 伝説「泣くな別所」を検証する
  第7章 見出しに編集記者の苦吟あり
  第8章 ランランと三遊亭円生ではどっちが偉い!
  第9章 智恵とアイディアで読ませる記事になる
  終章 新聞社は「死亡記事部」を設置せよ


諸岡達一[モロオカタツイチ]
1936(昭和11)年東京都生まれ。コラムニスト、死亡記事アナリスト。成蹊大学政治経済学部卒業。元毎日新聞記者。現在、「野球文化学会」事務局長として論叢「ベースボーロジー」の刊行に尽力。

メモ:


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書名:
今だから伝えたい別れからの出発
No.B149019
NDC914.600
著者/出版社:
広島青年僧侶春秋会【編】/法蔵館
初版2001/12/10
\1300
内容:
生と死、出会いと別れを通していのちを見つめた人間ドラマ27篇。広島の青年仏教者の呼びかけに応え全国から寄せられた、幅広い世代の現代日本人のこころ模様を知る格好のエッセイ集。

<<いのちを見つめなおすきっかけに・・・>>
 いのちを理論や理屈のみで語るのではなく、「別れからの出発」という誰もが経験する実体験を通して、いのちを見つめなおすことができる視点をもてれば、という願いからこの企画が始まりました。

一年前の二〇〇〇年秋から、「今だから伝えたい別れからの出発」というテーマで広く原稿を募集したところ、全国から四八〇通もの原稿が寄せられました。

当初はいのちという大きな命題を前に一石を投じたいと構えていたわたしたちに、実体験を通しての膨大な数の“いのちの投稿”をいただき、読むにつれて、逆に多くのことを感じ教えられました。

  ココロ―手のひら
  トンネル―出遇い
  ソウマトウ―足跡
  シコリ―いつまでも
  ヒキコモゴモ―私の選択
  オモカゲ―光と影

メモ:
  広島青年僧侶春秋会のサイト紹介はこちら
  「今だから伝えたい別れからの出発」投稿作品480通内訳資料


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書名:
文春新書
種田山頭火の死生
ほろほろほろびゆく
No.B149018
NDC911.360
著者/出版社:
渡辺利夫/文芸春秋
初版1998/10/20
\640
内容:
酒に溺れ、家を捨て、全国を行乞した俳人山頭火。歿後六十年、その句はますます多くの共感を得ている。旅から旅への人生。しかし彼は単なる漂泊の自由人だったのか?否。幼い日に見た父の放蕩、母の自裁、家産の瓦解…。自分をとりまくすべてが滅びゆくとの強迫観念にさいなまれ、出口を求めつづけた神経症者の必死の吐露が彼の句だった。永年山頭火を“心の友”としてきたアジア経済論の第一人者が、その生涯と内面の苦悩に肉迫する。なぜ彼の句が現代人の心を揺さぶるのか。何が彼をして泥酔と流転に追いたてたのか。漂泊の俳人の生涯と苦悩を描く異色の山頭火像

   酒よ
   報恩寺
   唄さびしき
   土に喰ひいる
   崩落
   この旅、果てもない
   放哉の春
   執着
   おもひおくことはない
   ほほけたんぽぽ
   おろかな秋ぞ
   雲へ歩む


渡辺利夫[ワタナベトシオ]
1939年甲府市に生まれる。1963年慶応義塾大学経済学部卒業。1970年同大学大学院博士課程修了。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授を歴任。現在、拓殖大学国際開発学部教授・学部長。東京工業大学名誉教授。著書に『成長のアジア停滞のアジア』東洋経済新報社、1985年(吉野作造賞)、『開発経済学』日本評論社、1986年(大平正芳記念賞)。『西太平洋の時代』文芸春秋、1989年(アジア太平洋賞大賞)、『神経症の時代』TBSブリタニカ、1996年(開高健賞正賞)、『開発経済学入門』東洋経済新報社、2001年、他。

メモ:
自由律、俳句、尾崎放哉

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書名:
死を通して生を考える教育
子供たちの健やかな未来をめざして
No.B149015
NDC375.000
著者/出版社:
中村博志【編著】/川島書店
初版2003/02/20
\2200
内容:
最近の、子供たちによって引き起こされる数多くの信じられないような残酷な事件の背景を探れば、あまりにも死の存在もその重要性も知らなすぎることがわかる。本書は、死と生の問題を深く考察すると共に、それらを教育の現場で教え・根付かせることの難しさを越えて取り組んでいった実践の記録をまとめたもの。子供たちの明るい未来のため、死の教育(デス・エデュケーション)に関心を持つ人たち、広く学校教育の場を生かしていこうと考える人たちにとって最適の指針となるものである。

  第1章 今なぜ“死を通して生を考える教育”が必要か
  第2章 デス・エデュケーションの研究―調査および結果の分析と考察
  第3章 バーチャル・リアリティと死との関連―調査とその研究結果
  第4章 デス・エデュケーションの実際―小学校・中学校・高校での取り組み
  第5章 自主ビデオの製作と、このビデオを供覧した後の感想文
  第6章 『死を通して生を考える教育』執筆者座談会


中村博志[ナカムラヒロシ]
東京都出身。1962年日本大学医学部卒業。1974年同大学医学部小児科専任講師。1980年重症児施設「むらさき愛育園」園長。1982年日本大学客員教授。同年国立療養所足利病院院長。1995年日本女子大学家政学部児童学科教授。現在に至る

メモ:
死、デス・エデュケーション


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書名:
新潮文庫
追悼の達人
No.B149011
NDC910.260
著者/出版社:
嵐山光三郎/新潮社
初版2002/07/01
\819
内容:
死んでけなされた漱石。腹を許されなかった鴎外。追悼によって世に出た宮沢賢治。臨終の田山花袋に「死ぬ気分はどんなものかね」と訊ねた島崎藤村…死にまつわるエピソードは、小説家の生身の姿を鮮やかに浮き彫りにする。文人たちは知人の死をどう捉え、どう表現したのか?明治、大正、昭和の文士四十九人の死に寄せられた傑作追悼文や弔辞を通して、近代文学の新たな一面を語る。

  明治

    正岡子規―死んで百余の句となる
    尾崎紅葉―親分は哀しい
    小泉八雲―死もまた「怪談」
    川上眉山・国木田独歩・二葉亭四迷・石川啄木

  大正

    上田敏―葬式に行かない理由
    夏目漱石―漱石をけなした人々
    岩野泡鳴―ちょうど死にごろ
    森鴎外・有島武郎・滝田樗陰

  昭和

    芥川龍之介―「お父さん、よかったですね」
    若山牧水―アル中患者を成仏させる
    小山内薫―役者は死人にすがりつく
    内田魯庵・岸田劉生・田山花袋・小林多喜二・巌谷小波・
    竹久夢二・坪内逍遥・与謝野鉄幹・鈴木三重吉・
    中原中也・岡本かの子・泉鏡花・萩原朔太郎・与謝野晶子・
    北原白秋・島崎藤村・幸田露伴・横光利一・
    太宰治・林芙美子・斎藤茂吉・堀辰雄・高村光太郎・
    永井荷風・火野葦平・柳田国男・谷崎潤一郎・
    三島由紀夫・志賀直哉・川端康成・武者小路実篤・小林秀雄

 (平成11年12月新潮社刊行の単行本に加筆)


嵐山光三郎[アラシヤマコウザブロウ]
1942(昭和17)年、静岡県生れ。雑誌編集者を経て、作家活動に入る。’88年、『素人庖丁記』により、講談社エッセイ賞を受賞。現在は、近代日本の文学者たちを、様々な切り口から捉えなおすことを、テーマとしている
メモ:


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書名:
光華選書 2
生老病死の教育観
仏教と心理療法
No.B149010
NDC180.400
著者・出版社:
京都光華女子大学真宗文化研究所、太田清史、岩宮恵子、阿満利麿、老松克博/自照社出版
初版 2001/04
¥2,520
内容:
まえがき 高木秀明

  第一章 現代のライフサイクルと仏教の死生観 …太田清史
     フロイトからユングへのライフサイクル理論
     仏教に見る死と再生     ほか

  第二章 子供と異界…岩宮恵子
     異界とはどういう世界なのか
     「アルプスの少女ハイジ」に見る異界     ほか

  第三章 仏教徒性愛観…阿満利麿
     性愛をめぐる問題
     性愛と宗教 自然宗教と創唱宗教
     仏教と性愛
     性愛の社会的形式論
     現代における性愛
     日本仏教と性愛
     専修念仏の性愛観

  第四章 中年期の諸問題と仏教…老松克博
     釈迦と悩み 悪魔との対話
     ユングと釈迦の場合     ほか

  第五章 死を迎える…阿満利麿
     死をどのように考えるか
     井上靖『化石』に見る本当の生き方とは
     夏目漱石における自然との一体感
     『葉っぱのフレディ』と宮沢賢治童話が描く世界の違い     ほか

    伝統的な信仰における死
    『歎異抄』にみる救済の原理

  第六章 真宗の死生観…太田清史
     「悲哀の仕事」としての「仏教の死生観」の意味
     太宰治の心の旅
     大乗仏教の人間観 その理想的人間像
     真宗の死生観
     真宗の人間観 浄土教の本義

メモ:



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書名:
青春文庫
人間はどうやって死んでいくのか
組み込まれた「死のプログラム」の謎
No.B149008
NDC491.358
著者・出版社:
米山公啓/青春出版社
初版 2002/03/20
\514
内容:
本書は、死亡統計に隠れた死因の現状を検証し、生命の終わりの謎に取り組んだ一冊である。

  序章 死の2時間前、死の2日前
    死のl恐怖に振り回されないために      ほか

  1章 どこが壊れると人間は死ぬのか
       ―即死を招く打撃、徐々に進行する死…、死に方を決める致命傷
    脳の緊急事態
    心臓はこうして止まる
    肺・呼吸器の停止   ほか

  2章 風邪で死ぬとき、がんで生き延びるとき
      ―感染、発病、進行、終末…、病気のここで生死は分かれる
    がんで死んでいるのか
    糖尿病で命を落とすとき
    寝たきり患者が死ぬまで
    老衰という不思議な死   ほか

  3章 人が死ぬ理由、生きる価値
       ―死のプログラムは、なぜ組み込まれ、いつ発動するのか
    人の寿命は何で決まるか
    本当に死は必要なのか
    死の定義
    死をどう受け入れるか
    それでも人間が生き延びる価値   ほか

  死を招く病気・症状別索引

  コラム
    死から逃れるための最新技術
    アジア人はがんで死ににくい
    がん死亡率はこうすれば減る。

  (1999年に青春出版より刊行された作品に加筆訂正されたもの)


米山公啓[ヨネヤマキミヒロ]
1952年山梨県生まれ。医学博士。
専門は神経内科。臨床医として多くの患者の治療にあたりながら、エッセイ、ミステリー、実用書などの執筆活動から、講演、テレビ・ラジオ等の出演など、幅広い活動を精力的に行っている。


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書名:
新書y
死の準備
No.B149006
NDC114.200
著者・出版社:
近藤誠、日垣隆、山田太一、吉本隆明、清水眞砂子、森崎和江、日垣隆、西尾幹二、小浜逸郎、加地伸行、定方晟/
洋泉社
初版 2001/07/21
\700
内容:
ふと「死」がよぎるのはどういうときか?人間はかならず死ぬ。ただ一人の例外もなく。だが、死は通過点ではなく、ふりかえって回顧できるものでもない。だれひとりとして死を経験できず、ゆえに死の経験を書けない。それでも、人は「自分の死」について考えるときがある。「他の誰でもない、自分の死をどう考えればいいのか。その死の準備のために」この古くて新しいテーマを、さまざまなジャンルで活躍中の十名の著者がそれぞれに「私の死」について語る。

  1 死の準備とはなにか
      死の手前の死(山田太一)
      死の準備とはただひとつ、そのことを覚悟すること(清水真砂子)
      死を迎える心の準備なんて果たしてあるのか(吉本隆明)

  2 死とどう向き合うか
      私が「がん」に罹ったら(近藤誠)
      本当の病名を知る
      治療法は自分で考え自分で決める
      治療法を選択するためのわたしの視点
      具体的な対処法B―転移癌の場合
      自宅で死を迎えるための条件       ほか

      死について(西尾幹二)
      死はどこまでも自分の死であり、他人の死ではない
      「病名告知」はあっても「余命告知」はあってはならない
      自分が消滅するという恐怖
      死後の世界の救済を求めない態度
      死が認識となるには何が必要か       ほか

     風になりたや、山の風里の風(森崎和江)
     子どもたちへ―死者は生き続ける(日垣隆)

 3 死を知るとはどういうことか
     死は生を肯定する条件である(小浜逸郎)
     私が迎える死(加地伸行)
     死という迷信(定方晟)


近藤誠[コンドウマコト]
1948年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業。現在、同大学医学部放射線科講師

日垣隆[ヒガキタカシ]
1958年長野県生まれ。東北大学法学部卒業。作家・ジャーナリスト

山田太一[ヤマダタイチ]
1934年東京生まれ。早稲田大学教育学部卒業。脚本家・作家

吉本隆明[ヨシモトタカアキ]
1924年東京生まれ。東京工業大学卒業。詩人・批評家


メモ:


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書名:
人間臨終図巻〈3〉  〔普及版〕
No.B149003
NDC280.000
著者・出版社:
山田風太郎/
徳間書店
初版1996/12/31
¥1,528
内容:
73歳〜121歳で死んだ人々。往生―人生の年輪をいくら重ねても解明されないこと。それが死である。人類にとって、もっとも重大かつ永遠のテーマである死と、生の軌跡がここにある。

  山上憶良
  カザノヴァ
  伊能忠敬
  良寛
  グリム・弟
  斎藤弥九郎
  ダーウィン
  清水次郎長
  パストゥール
  橋本雅邦
  河本大作
  高村光太郎
  室生犀星

     ほか


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書名:
人間臨終図巻〈2〉  〔普及版〕
No.B149002
NDC280.000
著者・出版社:
山田風太郎/
徳間書店
初版1996/11/30
¥1,528
内容:
56歳―72歳で死んだ人々。人生において唯一、誰にも経験出来ないこと。それが死である。生に固執するか、安寧の中に逝くのか。人生のすべてが“その瞬間”に凝縮されている―。稀代の名著普及版。

  五十六歳で死んだ人々
      ダンテ;明智光秀;三浦按針 ほか

  五十七歳で死んだ人々
      ベートーヴェン;水野忠邦;パークス ほか

  五十八歳で死んだ人々
      シーザー;杜甫;菅原道真 ほか

  五十九歳で死んだ人々
    司馬遷;モンテーニュ;クロムウエル ほか

  六十歳で死んだ人々
    ジンギスカン;日蓮;コロンブス ほか

  六十一歳で死んだ人々
    マホメット;李白;空海 ほか


メモ:


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書名:
人間臨終図巻〈1〉  〔普及版〕
No.B149001
NDC280.000
著者・出版社:
山田風太郎/
徳間書店
初版1996/10/31
¥1,528
内容:
15歳‐55歳で死んだ人々。人は誰でも死を怖れる。いつか来る、とはわかっていても、それが“今”だとは誰も信じたくないものだ。若くして生を全うした者たちの最期の刻。不朽の名作普及版。

  十代で死んだ人々
  二十代で死んだ人々
  三十歳で死んだ人々
  三十一歳で死んだ人々
  三十二歳で死んだ人々
  三十三歳で死んだ人々
  三十四歳で死んだ人々
  三十五歳で死んだ人々
  三十六歳で死んだ人々
  三十七歳で死んだ人々
    ほか

メモ:



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