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女子総合学園におけるジェンダー及びセクシュアリティの課題
新たな戦前における高3選択講座「性と表現」の開講
****中学・高等学校教諭 成田文広
2003年度高3特別講座国語5受講生16名
はじめに

  2004年の年頭は、自爆テロが相次ぐイラクへ重装備の自衛隊が国際貢献の名のもとに派兵されるという重大な歴史の節目となった。そのイラク戦争開戦に強い影響力を持ったアメリカのネオコン(新保守主義)は保守的なキリスト教右派と結びついており、人口中絶や同性愛を否定し禁欲教育を推奨している。米連邦最高裁は2003年6月26日、米テキサス州が男性同性愛者同士の性行為を禁止し同性愛は犯罪にあたると規定していた法律を無効とする決定を下したが、共和党のブッシュ大統領を支える全米規模の宗教右派団体「キリスト者同盟」などはそれに反発した。また米カリフォルニア州のデービス知事(民主党)は2003年9月19日、同性愛者のカップルに対し通常の夫婦に近い権利と義務を認める法律に署名したが、米オハイオ州のボブ・タフト知事(共和党)は2004年2月6日、同性間の結婚を禁止する法案に署名・成立させた。

  こうした問題を一部の性的マイノリティの問題としてのみ考えて良いのだろうか。本来、性はいかなる権力からも自由であり、互いがその尊厳を守るべき人権である。権力が人々を暴力的に支配する過程で最初に犠牲になるのは常に社会的弱者の人権である。それを守ろうとしなかった、あるいは守れなくなった社会が戦争へと突き進むということを、ナチスドイツがユダヤ人やロマ民族(ジプシー)とともに障害者や同性愛者を強制収容所に送って迫害・殺害した歴史的事実から学ぶべきである。

  1933年に成立した「ナチ断種法(遺伝病子孫予防法)」により、精神薄弱者、精神病者、先天性の障害者や筋ジストロフィーの患者が断種され、1940年4月にはユダヤ人虐殺に先立ち断種に代わる安楽死=大量殺害(T4作戦)が始められた。同時に1933年から1945年の間、1871年に成立した刑法175条をよりどころに約10万人の男性同性愛者が逮捕され、何千人もが強制収容所で虐殺あるいは病死させられた。こうした事実を扱った映画『Paragraph 175(刑法175条)』(ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン監督/1999年アメリカ)や小説『ヴィリーへの手紙 verdammt starke liebe』(ファン・ダイク,ルッツ著/2002年6月ポプラ社刊)など、性的マイノリティの視点から歴史を見直そうとする作品が物語ることは現代の日本の右傾化と無縁ではなかろう。

  ネオコンによる日米協調は、イラク戦争に限らず性教育をめぐる反動化にも及んでいる。2002年2月、厚生労働省の研究班が西日本のある県の全小中高校を対象に行った調査では、10代の性感染症や中絶が増えている中、避妊や性感染症の予防法など自分の体を守る教育が不十分であることが指摘された。しかしそうした実態を無視するかのように、東京都教育委員会は2003年7月、民主党の都議会議員や産経新聞の記者と共に都立七生養護学校に立ち入って性教育の教材や教具を没収し、他の盲・ろう・養護学校の性教育などで「不適正な実態」があったとして校長ら116人を処分し、他の小中学校にも「性交を授業で扱わない」などの「指導」をした。また鹿児島県議会は2003年7月8日、県内の幼稚園と小中高校で「ジェンダーフリー教育」をしないよう求める陳情を自民党などの賛成多数で採択した。こうした政治家やマスコミ、あるいは特定の宗教団体が扇動する“過激な性教育への指導”や“ジェンダーフリー・バッシング”の実態や思想的背景については『ジェンダーフリー・性教育バッシング ここが知りたい50のQ&A』(大月書店2003年12月刊)で丁寧に解説されているので参照されたい。

  一方イラクやアフガニスタン、あるいはパレスチナで相継ぐ自爆テロ事件の中で、2002年1月27日にパレスチナ人女性により決行された女性による初の自爆テロは、女性が男性主体の戦闘に参加することを好まないアラブ・イスラム社会の人々にも大きな衝撃を与えた。また2004年1月14日、パレスチナ自治区ガザでイスラエル兵に対して行なわれたパレスチナ人女性による自爆攻撃について、ハマスの指導者は女性の自爆を「殉教」として支持する声明を発表したが、その女性が21歳で3歳の長女と1歳の長男の母親だったことで賛否の議論が起こり、2004年1月22日の朝日新聞のWeb Newsには「家庭で子供を育て、占領との戦いを支えるのが、女性にとっての聖戦だ」という若いパレスチナ人女性の意見も紹介された。これは「聖戦」のために命を捧げる特攻隊員を日の丸の小旗を振って送り出した女性達が「銃後の守り」を叫んだ第2次世界大戦中の日本の姿と重なる。そして自衛隊の戦地派兵を許した日本の社会が憲法第9条や教育基本法の「改正」をも容認し、新たな戦前へと踏み出していく道程を予感させる。

  こうした状況の中でジェンダーを固定化しセクシュアリティを抑圧しようとする力がどのような社会を生み出し、“性の商品化”が何を栄えさせ何を蝕んでいくのかを探ることの意味は何か。“性”は個人の根源的な欲求であり、時に社会を揺るがすエネルギーとなる。そして常に抑圧の歴史を引き摺ってきたからこそ最先端の社会問題であり続ける。“性”にまつわる情報を整理しその表現を冷静に分析する力を育てていく事は、本校の「個人の尊厳を重視すると共に…自治能力を高め、さらに社会の矛盾を見逃さない生徒を育成する」という教育目標にかなうことであると同時に、性教育の重要かつ有効な国語科的アプローチだと考える。本稿はこのような問題意識から高3特別講座「性と表現」の概略とその成果を報告するものである。


T 高3選択講座 特講国語5「性と表現」の概要

1 講座開講の経緯とねらい

  高校3年生の現行カリキュラムでは月曜から金曜まで毎日2単位の選択講座が設けられており、生徒は受験に必要な演習科目や自分の興味関心に沿った特別講座を5講座(計10単位)を選択することになっている。国語科では京女大推薦試験向けや私大、センター、国公立二次対策など各種演習の他に、個々の教員の関心や問題意識に基づいて多様な特別講座を設けてきた。その一つとして4年前からジェンダーやセクシュアリティに関する特別講座の開講を準備してきたが、選択の予備調査の段階で開講に必要な規定の人数が集まらず、2003年度ようやく16名の希望者を得て開講することができた。その募集の際の講座案内が次の文章である。
特別講座5 性と表現  担当:成田
 女らしさ≠追いかけたり、らしさ≠ゥら逃げ出したりらしさ≠ノ立ち向かったり。女らしさはどう描かれ誰がつくってきたのか?
  「古事記」では男女とも同じ言葉を使い、江戸時代の庶民の会話にも性による差(ジェンダー=社会的文化的性差)はありませんでした。日本で言葉の性差が明確になったのは、明治時代になってからなのです。
  セクシュアリティ(体や心の性や愛)がどう表現されてきたか、性的マイノリティ(同性愛者や性同一性障害者)はどう描かれてきたか、詩や小説や広告や映画を中心に探っていきましょう。社会現象や文芸作品などの中に見られるジェンダー≠発見することから自分の生き方を探ってみませんか?新聞記事なども利用して社会評論≠熄曹ォます。
  授業のねらいはこの案内文の通りであるが、その具体的な展開や教材については、選択した生徒たちの意識や関心にそって組み立てることにした。しかし、何の共通する知識も前提もなく授業を進めることについては不安があったため、講座を選択した生徒には高校2年の春休みに「研究紀要43号女子総合学園における性的マイノリティに関わる課題」「研究紀要44号女子総合学園におけるジェンダー及びセクシュアリティに関わる課題 新聞報道に現れた「性」にまつわる意識と問題 第T部女子学園とジェンダー」及び「同第U部女子学園と性暴力」の抜き刷りを配布し、最初の授業までに読んでおくように指示した。


2 受講生徒の意識と年間テーマ配当

  4月最初の3週間計6時間は、ジェンダーやセクシュアリティという言葉の定義や性にまつわる問題を概説し、考察の対象が身近な社会の中にどのようにあるのかに気付く課題の素材としてスポーツ新聞と女性週刊誌を取り上げた。男性が主たる購読者であるスポーツ新聞には、一般スポーツやギャンブル関連の記事と共に性風俗にまつわる興味本位の記事や読み物、あるいは広告が掲載されている。また女性週刊誌には女性の興味をそそる美容や料理の記事と共に性にまつわる雑多な情報が掲載されている。その記事の見出しや広告のコピーに注目していくことで、男性あるいは女性に顕著な性意識があり、またそれはメディアの影響を強く受けているかもしれないという問題意識を持つことができ、性にまつわる問題の考察の下地作りをすることができた。

  その上で関心のあるテーマや取り上げたい分野を各自作文形式で書かせたアンケートをもとに、1学期はセクシュアル・マイノリティと結婚・離婚にまつわる問題を中心とし、2学期前半に性暴力について考える機会を作り、2学期後半から3学期にかけては問題意識に応じたグループ研究とその発表に取り組ませることにした。

  節目ごとに授業の感想文を提出させたほかに、1学期末には多様な性の問題を考えるのに適切な文芸作品や映画を1200字で紹介する課題を設定した。書式等については『シネマ女性学』(松本侑壬子/論創社)と『有斐閣ブックス ビデオで女性学 映画のなかの女性を読む』(井上輝子,木村栄,西山千恵子,福島瑞穂,細谷実/有斐閣)を参考にさせた。また、広告における性的表現について考察する機会を各学期一回ずつ設けた。

  次の表Aは年度当初の個々の問題意識(上段)と1学期末に各自が紹介した作品(下段)と年度末の研究テーマとの対応が分かるように整理したものである。(a〜pは生徒記号。空欄は未提出)

表A

グループT(雑誌グループ)雑誌から見る女性像

ドメスティック・バイオレンスと未婚化の増加について調べたい。

映画「化粧師」、映画「彼女を見ればわかること」、映画「プラトニックセックス」

幸せな結婚生活とはどういうものなのかを探っていきたい。

映画「リトル ダンサー」

今まで存在を知らなかったり意識しなかったセクシュアル・マイノリティについてと、セクシュアル・ハラスメントの実態について調べてみたい。

映画「キューティー・ブロンド」

グループU(漫画グループ)刷り込みを見極める力が必要

男性同性愛を主題にした同人誌の性表現の意味を考え、性暴力や性的マイノリティについて学びたい。

モンゴメリー「赤毛のアン」

性差別の実態や性がタブー視されてきた歴史的経過について考えたい。

ゆいまーるセミナー「オキナワおんなたちは今」

漫画を素材にジェンダーについて考えたい。また、映画のファッションを追いながら女性の立場の変化に注目したい。

映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」

恋愛や結婚、あるいは離婚など男女のカップルの在り方について考えたい。また同性愛や性同一性障害についても学びたい。

茨木のりこ「おんなのことば」

グループV(化粧グループ)メンズ・レディースから自分らしさへ

ジェンダー・パターンを中心に「男らしさ」「女らしさ」とは何かを調べたり、セクシュアル・マイノリティについて勉強してみたい。

服装における性差や制服におけるジェンダーフリーについて調べたり、セクハラや痴漢に対する対応方法を知りたい。

宮崎留美子「私はトランスジェンダー」

女性がズボンをはいてもおかしくないのに男性がスカートをはくと変態のように思われてしまう理由について調べたい。また、江戸時代の衆道と呼ばれた男性同士の恋愛と現在の同性愛との違いについて考えたい。

映画「アタック・ナンバーハーフ」

性同一性障害を中心に心の性について調べたい。また、高校生の性意識や結婚観などについても調べたい。

映画「ショコラ」

グループW(広告グループ)社会が求める女性像とは何か?

同性愛に関する問題や性表現、売買春や性的自己決定権などについて学びたい。

玩具やゲーム、漫画などにおける性差やジェンダーフリー関する問題や恋愛ドラマの日米差などについて知りたい。

江國香織「きらきらひかる」

セクシュアルハラスメントの定義やセクシュアル・マイノリティの実態、未婚化の原因について知りたい。

映画「メルシー・人生」

古典文学や宗教における性の問題について調べてみたい。

映画「マレーナ」、映画「ショコラ」、映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」


3 テーマごとのおもな教材とその成果

  教材はできる限り身近な生活の中から取り上げることを心がけ、新聞記事や新聞広告のほかに週刊誌『AERA』の特集や、録画したテレビ番組やレンタルビデオショップで借りられる映画のVTRなども用いた。また各テーマに関する参考図書はこれまでに収集した個人蔵書を職員室の机の横に棚を設置して常時貸し出した。以下テーマごとに、その授業の概要と生徒たちの感想及び生徒に紹介した図書や資料の一部を記す。

(1) セクシュアル・マイノリティ

  セクシュアル・マイノリティについては、各種メディアが興味本位で偏った情報を流している一方、学校では一種のタブーのような扱いにあり、生徒達が正確な情報を得ることが困難である。そこで、レズビアンであることをカミングアウトした高校教師を取材した毎日放送の番組と、印鑑登録証などの性別欄廃止や戸籍の性別変更を求める性同一性障害者を取材したNHKの番組のVTRを見せ、セクシュアル・マイノリティに関わってよく用いられる用語等を解説した。その上で性同一性障害を軸としたセクシュアル・マイノリティへの偏見・差別・暴力の本質を実話をもとに掘り下げた映画『ボーイズ・ドント・クライ』を授業中に鑑賞させた。その後それぞれの感想文とは別に、紹介図書から同性愛・性同一性障害・インターセックスのいずれかに関する図書を1冊以上読ませ、1学期の中間考査として各自の視点で問題を整理する「セクシュアル・マイノリティレポート」を課した。

  性同一性障害に関する動きとして2003年4月、東京都世田谷区議選挙で性同一性障害であることを公表した上川あや氏が当選したことが挙げられる。ついで7月には条件付ながら戸籍の性別変更を認めた「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が公布された。また同性愛に関して米連邦最高裁は2003年6月、米テキサス州が男性同性愛者同士の性行為を犯罪にあたると規定し禁止している州法を無効とする決定を下すなど多くの進展があった。それらを報じた新聞記事も授業で紹介して考察の手立てとした。

〔セクシュアル・マイノリティに関する紹介資料〕

VTR
・ 「カミングアウト」毎日放送『映像90』1999年11月22日放送
・ 「戸籍の性を変えて下さい〜性同一性障害の人たち」NHK『クローズアップ現代』 2003年5月12日放送
映画
・ 『ボーイズ・ドント・クライ』 1999年 アメリカ キンバリー・ピアズ監督
図書
・ 『セクシュアルマイノリティ―同性愛、性同一性障害、インターセックスの当事者が語る人間の多様な性』セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク【編】/明石書店
・ 『多様な「性」がわかる本―性同一性障害・ゲイ・レズビアン』伊藤悟、虎井まさ衛【編著】/高文研
・ 『同性愛・多様なセクシュアリティ―人権と共生を学ぶ授業』“人間と性”教育研究所【編】/子どもの未来社
・ 『「性差別と暴力―続・性の法律学」』角田由紀子/有斐閣
・ 『同性愛がわかる本』伊藤悟【著】すこたん企画【編】/明石書店
・ 『先生のレズビアン宣言 つながるためのカムアウト』池田久美子/かもがわ出版
・ 『美少年日本史』須永朝彦/国書刊行会
・ 『トランスジェンダーの時代  性同一性障害の現在』虎井まさ衛/十月社
・ 『ある性転換者の記録』虎井まさ衛・宇佐美恵子/青弓社
・ 『女から男になったワタシ』虎井まさ衛 /青弓社
・ 『性同一性障害はオモシロイ―性別って変えられるんだヨ』佐倉智美/現代書館
・ 『Search―きみがいた GID(性同一性障害)ふたりの結婚』平安名祐生、平安名恵/徳間書店
・ 『私はトランスジェンダー 二つの性の狭間で…ある現役高校教師の生き方』宮崎留美子/ねおらいふ
・ 『集英社新書 性同一性障害―性転換の朝(あした)』吉永みち子/集英社
・ 『「心の性」で生きる  Trans Sexual』八岩まどか/朝日ソノラマ
・ 『男でもなく女でもない性 インターセックス(半陰陽)を生きる』橋本秀雄/青弓社
・ 『インターセクシュアル(半陰陽者)の叫び 性のボーダーレス時代に生きる』橋本秀雄、小田切明徳/かもがわ出版
・ 『寺子屋ブックス 性のグラデーション―半陰陽児を語る』橋本秀雄/青弓社
(2) 結婚・離婚・家族

  結婚や離婚については、その問題を考える手がかりとして、離婚した子どものいる男女が再婚し新たな家庭を築いていく“ステップ・ファミリー”と、カップルの多様な在り方の一つである“同性婚”を取り上げた。明治憲法下で“伝統的家制度”として固定された家父長制やアメリカから輸入されたキリスト教的家族主義、あるいは高度経済成長を支えた日本的核家族形態がはらんできた問題や、これからの男女の在り方を探ることを課題とした。同性婚に関する動きとしては2003年2月、オランダに続きベルギーでも同性婚が法的に認められ、同年6月にはカナダのオンタリオ州控訴裁がトロント市に対し、同性間の結婚を認め同性カップルに直ちに結婚許可証を交付するよう命じたことなどがある。

  こうした事実を伝える新聞報道とあわせて映画『アメリカン・ビューティ』を取り上げ、家族やセクシュアリティの在り方について感想を述べ合った。また、「両親が寝室あるいはベッドを共にしないことの是非」を問題にし、セックスレス夫婦やプラトニックラヴも含め人間関係における性的行為の意味やプライバシーとしての性などについて討論をした。さらに結婚や離婚にまつわる問題に関する図書を紹介し、個々の興味に応じて理解を深められるようにした。

〔結婚・離婚・家族に関する紹介資料〕
映画
  『アメリカン・ビューティ』 1999年 アメリカ サム・メンドス監督
図書
・ 『男と女 変わる力学 家庭・企業・社会』鹿嶋敬/岩波書店
・ 『ほんとうにこのままでいいの? セックスレスと夫婦の関係』橘由子/大和書房
・ 『素敵にパートナーシップ 40歳からの性と性』 村瀬幸浩、村瀬敦子/大月書店
・ 『ステップファミリー―幸せな再婚家族になるために』ヴィッシャー,ジョン・ヴィッシャー,エミリー/WAVE出版
・ 『これからの結婚と離婚 自分らしく、あなたらしく』日本弁護士連合会/明石書店
(3) 性差別・暴力

  生徒達にとって最も身近な性暴力は通学時の痴漢行為だが、ドメスティック・バイオレンスや家庭内での性的暴力の被害者を身近に持つ生徒もいる。こうした性暴力を取り扱う際に重視したのは次の三点である。一つ目は、体や心はその人の意思を無視して誰も侵すことのできない個人の尊厳であること。二つ目は、暴力には共通するメカニズムがあり、個人的な資質に問題を求めるのではなく被害・加害の双方を取り囲む社会的な背景や通念に注目すること。三つ目は、いかなる暴力も差別も不当なものであり、その問題性はあくまでもその被害者の立場で分析・評価すべきであること。

  こうした視点を具体的に実感することができる教材として選択したのは映画『告発の行方』である。ジュディ・フォスター主演のこの作品はかなり刺激的なレイプシーンがあるため、事前に「見たくないシーンは無理に見なくてよい」という前置きをして鑑賞させた。2003年6月には早稲田大学のサークル“スーパーフリー”のメンバーによる強姦事件が起こり、6月26日には自民党衆院議員の太田誠一党行政改革推進本部長(元総務庁長官)がこの件について「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい。正常に近いんじゃないか」と発言して社会問題となったこともあり、性暴力に対する生徒たちの意識は敏感だった。

〔性暴力・差別に関する紹介資料〕
映画
  『告発の行方』 1988年 アメリカ ジョナサン・カプラン監督
図書
・ 『集英社新書 子どもと性被害』吉田タカコ/集英社
・ 『子どもと暴力  子どもたちと語るために』森田ゆり/岩波書店
・ 『知っていますか? セクシュアル・ハラスメント 一問一答』養父知美、牟田一恵/解放出版社
・ 『ドメスティック・バイオレンスへの視点  夫・恋人からの暴力根絶のために』日本DV防止・情報センター/朱鷺書房
・ 『殴る夫逃げられない妻』吉廣紀代子/青木書店
・ 『シェルター 女が暴力から逃れるために』波田あい子、平川和子/青木書店
・ 『サバイバーズ・ハンドブック  性暴力被害回復への手がかり』性暴力を許さない女の会/新水社
・ 『女という文字、おんなということば』川田文子/明石書店
(4) ジェンダーとセクシュアリティ

  社会的・文化的な性差である“ジェンダー”と、身体そのものや装飾その他多様な手段・方法によって表現・感受される性的な行為や状態や魅力としての“セクシュアリティ”とを厳密に区分することは、多様な性の在り方を理解する上で実際的ではない。それよりむしろ“男らしさ・女らしさ”というものが生物学的な性差や動物的な本能によってのみ作られているのではないということを知り、特定の社会や個人がどのように“らしさ”にとらわれ、あるいはそれを利用しているのかに気付くことがに重点を置いた。

  そこで雑誌や広告などの身近にあふれている情報を素材に、性情報の扱われ方や情報に含まれる性的メッセージに注目させた。そうした意識を啓発するのに有効なのは、直感的な印象が重視される広告画像だと考え、各学期一つずつ新聞広告を素材とし、ジェンダーとセクシュアリティの視点からその分析をさせた。年度当初に各自が持ち寄って閲覧した女性週刊誌では、服飾やブランドが主要な話題の一つであったことや、スポーツ新聞の広告を素材にして議論した経過も踏まえつつ、教室で現物を見ながら感想を述べ合うことができるサイズの素材として適当な新聞の全面広告(資料A)を利用した。以下、各学期それぞれの素材に対する生徒の感想の一部を紹介する。

   資料A

@ 1学期の素材

グンゼ BODY WILD
2003年5月30日付
朝日新聞 朝刊 17面 全面広告

A 2学期の素材

LOUIS VUITTON
2003年10月7日付
朝日新聞 朝刊 5面 全面広告

B 3学期の素材

Dior
2003年12月7日付
朝日新聞 朝刊 32面 全面広告
  資料Aの@のグンゼの広告は“癒し系タレント”といわれる吉岡美穂を起用した男性用下着の広告画像である。これに関する4人の生徒の考察を一部抜粋して紹介する。なお( )内の記号は〔表A〕と対応した生徒を表す。
・ 女性は清楚であるとか純白であるとかいうイメージが私たち社会の中にはある。そしてそのイメージが男性用下着をさらにより良いイメージとなるからこそ広告に使われるのだ。男性下着でもいやらしく見えない、きれいに見えるのが良いのだ。男性にも、そう言うキレイさを求められているから女性がそういうイメージを引き出す役割を知っているのだ。男性下着の広告に女性を使う理由は男性にとって女性は男性を引き立たせる役割というのがあるからだ。(b)
・ 男性が下着をはいている広告を見るよりは幾分見栄えがいいという意見もあるだろう。しかしこの広告の中に「女性の身体的魅力によって男性を性的に刺激する」という意図がないとは到底思えないのである。これに不快感を催す女性もいなくはない筈である。広告に一種男性原理的なものがあるのではないだろうか。(m)
・ 男性女性の区切りのあいまいさ、中性化が女性タレントに男性下着を着けさせたのかもしれない。しかし、よくよく考えてみるとこれらはすべて女性が男性に近付くという変化である。中性化が原因であるなら、女性用下着を着けた男性が広告に登場してもいいはずである。この逆の説明がどうしてもつきにくいのだ、そこで新たな考えが生まれた。変わっているのは女性だけなのではないだろうか。(o)
・世間において「女性は男に支配されるもの」という男尊女卑的な考えが根底にあるから、この広告は世間で受け入れられていると言える。このグンゼの広告が象徴しているのは男性が女性を支配すると言う考えがいまだに世間では深く根付いていると言うことだ。逆に男性が女性の下着を身につける広告が世間に受け入れられないのは、支配者である男性が女性の下着を身に付ける事にひどく嫌悪感を示す「伝統的な考え」が世間の根底に流れているからであろう。(p)
  資料AのAのルイ・ヴィトンの広告は一見モノトーンのようにも見え、下半身裸で黒手袋にヴィトンのバッグを持った女性が、上半身裸で後ろ向きの男性の肩に腰掛けて真っ直ぐ正面を見ている構図である。これに関する2人の生徒の考察を一部抜粋して紹介する。
・ ヴィトンのカバンを持ったことによって支配的になった事を表わしたいんだと考えました。女の人は黒い高そうなスーツを着て、裸同然の男の人を支配しています。今まで女性はこの男性に支配される側の人間であったのに、女性のほうが優位な立場になっています。薄暗い背景も、女性のところは白い光があたり女性の輝きを表わしているのではないでしょうか。しかし、彼女の脚は丸出しで、女性の肉体を求める時代の流れは変わっていない事が分かりました。(a)
・ 広告の女性が男性を支配している。強くてセクシーな女性と奴隷のような男性と言う印象を受けました。また、男性の肩の上で堂々とヴィトンのカバンを持っている様子は、ヴィトンの高級なイメージを高めると思った。照明で、黒・白・茶で分けているのは白の照明でヴィトンのカバンを目立たせ、茶色で男性の隷属的なイメージを強調し、黒で女性の強さを強調している気がしました。(p)
  資料AのBのディオールの広告は明るく柔らかなピンクにあふれた作品であり、ディオールの下着をつけてディオールの商品に囲まれた女性が、こちらを肩越しに振りかえっている構図である。これに関する4人の生徒の考察を一部抜粋して紹介する。
・ このピンクのお花&ラインストーン付きは、夏に普通のピンクの商品を限定で出したら売れたから出たって感じやと思うけど、実際持っていたら浮きそう。かわいいなあと思うし、女の子のピンク好き心をくすぐるけど、理想の世界に感じます。女の子のお姫様願望をくすぐる夢の世界と思います。(d)
・ ベッドの上にほぼハダカの女の人がディオールのバッグに埋もれて、ちょっとやらしそうな目つきで座っている。これらの商品を持つのは女性だが、広告を見て惹き付けられるのは、ディオール好きの女性を除いて男性だと思う。広告の女性はいかにも男の人に「これ買って」と言いたげだ。女性の性的なイメージと商品を結び付けていて買わせようとしている。何か性を売り物にしているように感じて私は厭だと思った。しかし、実際は女性もこんなセクシーな女性になりたいし、男性もこんなセクシーな女性を手に入れたいと思っているのではないか。(k)
・ 露出度が高く全体はピンク色。文字で表現するといかにもしとやかな女性をイメージするかもしれないが、なかなか目つきの鋭い女性が流し目で正面をにらんでいると言う構図であり、「弱い」という印象は受けない。むしろ「強い」という印象だ。肌の露出を女らしさと考えると、女性の体のラインや“らしさ”さえも利用した強さ、女性としての強さを感じる。それは髪の長い女の子が赤を身に付けボーイッシュに振舞う表紙の大学のパンフレットにも通じるものがあるだろう。(n)
・ ディオールは女性にかわいさを求めている。なぜならピンク基調だからである。下着姿なのは、男性が求めている女性とは少し悩殺的で可愛らしいものであると消費者である女性が思い込んでいるからである。この広告はその思い込みを利用して、ディオールの商品を持てば男性に好かれるように可愛くなるとアピールし、商品を売ろうとしているのではないか。(a)
  上記の感想から表われているように、多くの広告には仕組まれた性的コードがあり、普段は何気なく楽しんでいた性情報には偏りがあることに大半の生徒が気付いた。また男女を問わずセクシュアリティが心地良さ=快楽をもたらすものだからこそ商業的な価値を持ち、ジェンダーを固定化することで利益が得られる場合もあるからこそ様々なメディアがジェンダーを繰り返し刷り込もうとしているのではないかという問題意識にたどり着く生徒もいた。こうした広告の画像やコピーのような感覚的な表現に対する直感的な分析だけに終始しないよう、性にまつわる問題を考える素材として朝日新聞社の週刊誌『AERA』の記事も提供した。その主なものを列挙する。
・ 2003.8.18-25ミュール痛く甘い誘惑 なぜ女子は頑張って履くのかしらん
・ 2003.8.18-25人気爆発 予約もしてくれません ヌーブラどこにもなし
・ 2003.9.8 巨乳をめぐる彼女たちの憂鬱 小さくても大きくても悩みの種
・ 2003.9.8 ED1100万人時代 バイアグラにライバル登場
・ 2003.9.29 就活で目覚めて男を捨てる女子 男を見る優先順位
・ 2003.9.29 漂う「私」のセックス依存 OLや主婦が「風俗」にハマる訳
  こうした一般情報誌の特集がある一方で、生徒たちが日常的に読んでいる女性向け雑誌に含まれる性情報の量の多さと具体性について、教師が冷静に分析し学校教育の場で何をどう教えるべきかを検討する必要を痛感した。その一例として生徒が授業の素材として持ってきた株式会社マガジンハウスの『an・an』(2003年9月24日発行No.1381第34刊第36号)がある。その目次は資料Bの通りだが、性行為に直接関わる特集「恋に効くセックス」が48ページ、男性アイドルのヌードとセルフヌードの特集「おしゃれヌード」が12ページであり、広告を除く172ページ中60ページ(35%)が性と関連深い記事で占められている。

  特にヌード特集は女性が見られる客体ではなく見る主体であり、さらに見せる=表現する主体として位置付けられた企画として注目に値する。性的表現を女性の性的搾取としてのみとらえていては現状や必要な教育課題を見誤ることになろう。

資料B  『an・an』(2003年9月24日発行No.1381第34刊第36号)の目次
(Contents),
恋に効くセックス
 20 幸せな恋とのディープな関係。セックスはこころとカラダに効く!
 22 セックスにふたりで酔いしれる,最新版 愛の技術・特別講座。
 28 愛されるその瞬間のためにラヴボディに磨きをかける!
 34 男達が本当に求めている理想のセックスが知りたい!
 38 気になる男性とのセックス相性テストつき。
ステキなセックスに出合うために,体の相性のなぞを検証!
 42 最高な相手,最低な場所…
あなたがこれまで経験した最も印象深いセックスとは!?
 44 ベッドの悩みをとことん解消!
加藤鷹&岩井志麻子の最強対談。
 48 きちんと身につけておきたい、“性のトラブル”基礎知識集。
 50 二人の気分を盛り上げるとっておきのセックス・コラム集
 54 Hしてない人が増えています。セックスレスをちゃんと知ろう!
 58 わかぎうゑふさん、都築響一さんが考案
心もカラダも満たされる,あなたにとっての至福(エクスタシー)って何?
 60 海外セレブリティたちの飽くなきセックスライフを追跡!
 77 過去のデータと1589人のアンケートでわかった!
‘03年セックス事情を緊急リポート。
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おしゃれヌード
102 大人の男への進化を遂げる,岡田准一が衝撃のヌードに!
106 藤代冥砂が6つのテクニックを伝授。
    あなたもとれます、おしゃれヌード。
110 おしゃれとエッチの境界線は?ヌードフォトを大研究!
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  7 Gourmet 『山木屋フーズ』の丹波黒豆
  9 Antenna
 17 Cooking 鶏スープビーフン,ほか。
 67 New OPEN 『Ekoca』ほか。
 68 People ヴァンサン・カッセル
 69 Music  多彩なミュージシャン達の表現活動に触れよう。
 [新連載]CHEMISTRUYの“好みもいろいろ…”
 74 Beauty 9/17〜9/23発売の新製品
ハルカ式ビューティの素第27回「整理整頓はキレイへの道?」
 84 次号予告  岩井志麻子の“オトコ上手”第11回「女の値段」
 94 Health 痔の悩み
くらたまの極め!オンナ道54回「顔をしめしめして、シャープなルックス?周囲はびっくり!!」
 95 Books 小川洋子さんの[博士の愛した数式]ほか。
 96 Movies カトリーヌあやこさんが[くたばれ!ハリウッド]を紹介。
 97 Culture 上田義彦写真展
カルチャーファイル054「触れて,そして,包み込まれる。それもアートの形なのです」
 98 Mail box
 99 Entertainment [蝉しぐれ]出演の内野聖陽さんインタビュー
MISIAの“エンタメデイズ”第14回「ミュージシャンという生き方」
100 Digital
“FLASH”って、何のこと?
172 美女入門 林真理子 第293回[おとなの学校]

4 グループ研究

  講座の締めくくりとして、様々な映像や書籍や資料に触れて高めていったジェンダーやセクシュアリティに関する問題意識を特定の題材に向け、グループで調査・討論しながらまとめる課題を設定した。大テーマは「男らしさ・女らしさ」とし、小テーマをグループごとに設定することと、素材は自分達の生活の中にある身近なものから見つけ、研究・考察が書籍の引き写しにならないようにすることを条件とした。またグループのメンバーは、興味・関心・希望テーマを記入させたカードをもとに構成し、極力仲良しグループにならないように配慮した結果、前記[表A]に示した各4人の4グループとなった。

  準備期間は10月初めから12月中旬までの2ヵ月半を保障した。2学期の期末考査(11月)はグループの到達点や個々の担当内容のポイントを1600字以内の中間まとめとして授業時間中の2時間で書かせた。卒業試験としての本発表は最後の授業の2時間をあて、各グループ20分程度で行った。その発表の後、提出させたレポートの問題点を指摘して差し戻し、グループごとに加筆訂正して完成原稿とした。

  完成したどのレポートも、京都の女子校の高校3年生の視点や感性と、9ヶ月間の講座を通して得た知識が生きたレポートに仕上がった。受講生徒は16名中11名が京都女子大学への推薦内定者となったが、レポートの準備期間が他校への公募推薦の時期と重なったり、年明けの一般入試を控えて思うように課題に取り組めない生徒もいた。そうした厳しい状況の中で協力・分担しつつ個々の能力や持ち味を発揮して仕上げることができたレポートは講座の貴重な成果である。そこで全作品を本稿の「U ジェンダーとセクシュアリティに関するグループ研究レポート集」として掲載する。なお各グループのテーマごとに必要となった参考文献については可能な限り提供したが、分野も広範囲で冊数も膨大になるのでここでの紹介は割愛する。ただし、生徒たちがレポートをまとめるにあたって直接使用した文献については、各レポートの末尾に主要参考図書として記入させた。


5 講座を終えて

  高校3年生の授業は12月末で終了するため、特別講座の総授業時間数は40時間(20回)にとどまり、生徒の当初の要求には十分応える事はできなかった。あえてテーマや題材をしぼらなかったため、個々のテーマの掘り下げが浅くなりがちだった事は否めない。講座最終回にとった受講感想文には、生徒が持参した資料や同人誌などの扱いが雑になったことの批判もあり、反省すべき点も多々ある。それと同時に多くの生徒が性の多様性を知り、雑多な表現の中から問題を見つけ出し分析することの面白さに気付くことができたという評価を下してくれたことは今後の励みとなる。さらに、性別二分法に代表されるような論評や二元論的思考法の持つ危険性を実感できる教材として、性にまつわる様々な問題は有効な素材であることが確認できたことは大きな収穫であった。ただ残念なのは大学入試対応が強化された新カリキュラムが本格化する2004年度以降、この講座を開講できる見通しがないことである。



U ジェンダーとセクシュアリティに関するグループ研究レポート集

  2003年度高3選択講座・特別講座国語5「性と表現」の受講生16名が、4グループに分かれて取り組んだグループ研究レポートを講座の成果として以下掲載する。

※ グループ研究レポートT〜Wはそれぞれ別ページ


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