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グループ研究レポートW 広告グループ
社会が求める女性像とは何か?
大島知子、大畑晶、徳井愛以子、西塚千晴
はじめに

  1年間の特別講座の授業を通してさまざまな性のあり方を知り、性は一種のアイデンティティであるということを学んだ。しかし私達は女子校という環境で暮らしており、自分が「女性」であることを意識する機会は案外少ない。そうした私達も高校卒業を間近に控え、やがて社会に出てゆく。そんな私達を待ち受けているのがどのような社会であるかということは、とても興味深い。そこでは女性とはどういった存在であり、どのような扱いを受けているのだろうか。ここでは現代社会が求める女性像とはどのようなものかを考えてみたい。

  その手段として注目したのがメディアである。特にマス・メディアは、1世紀以上も昔から絶大な力を占めている。今日新聞を読まない社会人は少数だろうし、電車の中でも町を歩いていても、ポスターや雑誌の宣伝等、広告を目にしない日はない。私達の周りを取り囲むメディアの一つである宣伝・広告は常に世の中を反映しており、宣伝・広告を注意深く見ることで、私達は今の世の中の思想を知ることができるのではないか。

  また、高校三年生という立場にある私達にとって最も身近な未来である大学は、社会に出る前のモラトリアム期間ではあるが、高校生までとは違った“ミニ社会”でもある。そう考えると大学が求める人間像は社会が求める人間像に少なからず繋がっているはずである。そこで私達は「大学入学案内パンフレット」に目をつけ、社会が求める女性像とはどのようなものであるのかということを考えることにした。


1 パンフレットの人物像

  資料として扱うのは基本的に地元である京都市内の女子大学、共学の大学案内とする。その中でも一番初めに目に付く表紙に注目し、その色使いや人物、コピーに注目した。
  まず、表紙に人物が登場する4校のパンフレットを選び出し、その人物の特徴を表Aのように整理した。

  ここで注目すべきは、女子大学、共学大学のそれぞれの案内に登場する女性の相違である。女子大学である c の平安女学院大学(資料1)と共学であるbの種智院大学(資料2)について比較してみる。 c の平安女学院大学の女性は何かをつかむようなしぐさで力強い印象は受けるものの、首もとの真っ赤なスカーフは女性的な雰囲気に貢献している。それに対し b の種智院大学の女性は青のパーカ。また、 c は細身の服で体のラインが出ているのに対し、 b は体のラインはほとんど見えない。 c は b に対して化粧っ気もなく、「女性らしさ」というものはほとんど感じない。

  次に、表紙に人物が登場しない4校の特徴を表Bにまとめてみた。これらに関しては女子大の学校案内の表紙が赤色系、淡い色などで女性的なイメージであるのが印象的であった。

表A

大学名

京都外国語大学

種智院大学

平安女学院大学

花園大学

性別

女性

女性

女性

女性12名男性8名

横わけ
肩につく程度
黒髪

ロング
黒髪

横わけ
肩につく程度
黒髪

服装

確認できず

白のタートルネック
青いパーカ

黒いトレーナー
ズボン
赤いスカーフ

ポーズ

鉛筆を持ち、斜め上を見る

化粧

薄い

薄い

ハッキリ

コピー

Earth

大学への旅をはじめよう

いま、平女がおもしろい
夢“特区”プロジェクト、はじまる

HUMAN
IMPRESSION

背景

確認できず

田んぼ

机が並ぶ教室のような部屋

キャンパス11枚
室内1枚

表B

学校


聖母女学院短期大学


京都文教短期大学


華頂短期大学


大谷大学

ぼんやりとした校舎の写真

9種類のチェック模様

漫画風のキャラクター女性6人

小さい校舎の写真
「大谷大学」の文字をデザイン化

淡いピンク

基本色は赤

水色地

クリーム地

コピー

なし

なし

casual
spirits
BUNKYO

なし

資料1 c平安女学院大学

資料2 b 種智院大学



2 表紙に男性がいない

  ここまで京都府下の8つの大学と短大の学校案内の表紙を例に挙げてきた。そこで気になったことがある。表紙に男性がいないのだ。表Aにおいて、20名もの学生の写真を起用している花園大学は例外として、その他は女性1人が表紙を飾っている形だ。女子大学の学校案内の表紙を飾るのが女性であることは当然としてよいだろう。しかし外国語大学と種智院大学は共学である。表紙の人物は男性でも良かったはずだ。この疑問を解くための資料として全国の大学の入学案内から無作為に50校を選び、その学校案内の表紙を分類した。(表C参照)

  このうち男性のみが表紙に登場している1校とは日本体育大学であり、まわしを巻いた相撲取りの写真であった。体育大学で体力、力強さを意図したであろうこの相撲取りの写真は、特殊な例と考える。

表C

共学大学

50校中47校

表紙に人物が登場するもの

47校中16校

男女混合

16校中12校

女性のみ

16校中 3校

男性のみ

16校中 1校



3 見せものとしての女性

  このように、共学大学で学校案内の表紙に男性のみを登場させないのは何故か。女性1人の表紙があるのに対し、男性1人のものがないのはどのような理由からだろうか。そこで考えられるのが「見せもの」としての女性の存在である。キャンペーンガール、イメージガールという言葉の存在が示すように、商品の広告塔として女性が使われるのは一般的な事実である。

  大学の広告の目的とは当然、「この大学に入学したい」と思わせることだろう。大学側の理想の学生像を表現しながらも、見るものに好感を持たせなければならない。つまり共学大学においては、その広告の対象は大学受験を控える男性、女性の両性であり、そのどちらにも好意的に受け入れられるものでなければならないのだ。学校案内といえども広告であることに変わりは無く、一般の広告の中で見せものとして登場している女性が大学広告においても男性を差し置いて登場しているのは、自然な流れかもしれない。

  しかし大学とは勉学の場である。ただ人をひきつける女性らしさ、男性らしさなど、性欲に訴えかけるような魅力は不適切であり必要のないものだ。見せものとしての女性から極力女性らしさを省いたもの。種智院大学の表紙に顕著に表れているそれこそが、共学大学の学校案内の表紙にみる女性たちであると言えるのではないだろうか。


4 私達の目指す社会

  アイキャッチャーとして女性が使われることを全面的に否定するつもりはない。しかし、女性が視覚を楽しませるためのお飾り的存在であるだけにとどまっていることは認めがたい。「見られる」女性から「見せる」女性へ。また、見る側としてもアイキャッチャーとしての女性の中にきちんと人格を認識するというのも大切なことだ。もっとも恐ろしいのは、広告に登場するそれらの女性の人格が消し去られてしまうことである。

  この社会で私達女性が望むのは個人が性別に縛られず個性と能力を発揮して輝く社会である。そんな社会を築き上げるのに必要なのは一人一人の意識の向上に他ならない。しかし私達と同じ高校生で日常的に男女平等について話題にする人は少なく、社会に出てから初めて現実に存在する性差別や偏見に気付く人がほとんどであろう。だからこそメディアが送り出す情報にも敏感になり、「男性らしく」「女性らしく」以前に、まず「自分らしく」生きていける社会を築き上げていきたい。


主要参考図書
『NHK BOOKS 男女共同社会を作る』 大沢真理/NHK出版
『女と男 これまで これから』  中嶋みさき/大月書店
『働くってたのしい』  朴木佳緒留/大月書店


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