言葉を覚え始めた1歳半の娘に、夫がたずねる。
「ジュースを飲むひと」
「はぁい」
ぴんと手をあげるしぐさが愛らしい。夫は質問を変えて何度も繰り返す。
「弟妹がほしいひと」
「はぁい」
自分に向いた視線を、「何アホいって」と急いでさえぎった。夫の本音とわかっている。2人目は考えられない。妊娠から3年近く、寝室も別のすれ違い生活が続く。
仕事と家庭。朝は5時半に起き、車で実家に子どもを預けにいく。保育所の「時間外」は、母親に月5万円で頼んでいる。埼玉県の自宅から都心の職場まで、2時間の電車通勤。帰宅して一息つくのは午後10時過ぎだ。
娘と眠るダブルベッドに潜り込む前に、インターネットで採用情報を調べる。派遣社員から抜け出したい。仕事人間ではない夫も新規事業を任され、深夜の帰宅が多い。
2年前、4月の土曜の朝だった。妊娠検査薬に、陽性を示す赤い線が浮き出た。「やってしまった」。同意していたはずなのに、心が揺れた。
女子大生ブームのさなかに学生時代を過ごし、上場企業に総合職として就職した。バブル絶頂。理由もなく強気だった。27歳で結婚した夫は同期。「主婦」を期待されない、理想の相手だった。
結婚をきっかけに転職するときも、もっと稼ぐつもりだった。不況でリストラされるとは思わなかった。とりあえず就いた派遣の仕事が長引くなか、夫から再三いわれる。
「今産まないとやばいよ。高齢出産になっちゃうよ」
気持ちが「家庭」に傾いた矢先の妊娠だった。
知らせを会社で聞いた夫は、「よかったねぇ」と繰り返す。受話器の向こうの声がふるえていた。実家の母にも祝福された。「みんなが喜ぶ、うれしいことなんだ」
幼いころ、化粧のにおいが母からすると、出勤だと感じたのを覚えている。働き続けようと決めていたのも、家事嫌いも母と似ている。
あの朝を思い出すと胸が苦しくなる。子どもが4カ月のときのことだ。
4時に泣きだしてとまらなくなった。ほ乳瓶を口に持っていくと激しく体を反らす。理由がわからず焦りが募る。
社会に自分の場が欲しくて、就職活動を再開していた。開けない道へのいらだちと育児で疲れはピークだった。次の瞬間。小さな背中を2度手でたたいて、ふとんの上に放り投げていた。
夫が止めに入ってくれることを、どこかで意識していた。「ぼくがみるから、一人で寝なさい」といわれて、我に返った。
「苦しいのを気づいて」と、夫に初めて出したサインだった。子どもを犠牲にした自分に涙が流れた。
最近、友人からメールが届いた。「法律で罰せられない限り、セックスなんてだれもしなくなるかも」。2人目の子づくりに友人の夫は応じず、あきらめたという。
投げやりな言葉がひっかかる。でも自分たちの今後を話し合ったことは、まだない。
(07/06)