プスッと小さく、炭酸の抜ける音がする。
ふろから上がった妻が、缶ビールを開けて飲み始めた。お酒の弱い妻は1時間かけて、飲み干す。革張りのソファに2人並び、ビデオショップから借りてきた洋画で過ごす夜。妻の赤くなった横顔に、「その後」がみえる。
「子どもどうするの。年齢もあるし、産んでみたい」
「生活が不安定だから」
そんな会話を交わすようになって、もう1年たつ。
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妻とは3年前、結婚相談所で知り合った。当時28歳、彼女は3つ上。米国留学で経営学修士(MBA)を取得した経歴などを書き登録すると、10人から申し込みがきた。
「安らげる家庭をつくりたい」。事務職だった彼女は自己PR欄に同じことを書いていた。抑えた色のスーツ姿、自然な会話。なにより、ぼそぼそとしゃべる自分の話を、よく聞いてくれた。
小学受験をし、北海道では有名な進学校に通ったが、中学卒業までの5年間は、孤独だった。
給食の時間、自分の机の上にだけ何も置かれない。パン、牛乳、お盆さえ、当番は毎日飛ばしていった。教壇の横に置かれた残り物をよそって食べた。
同級生に無視され出したのは、小学5年の男性担任の言葉がきっかけだ。「何でしゃべれないんだ」。おとなしかった自分を授業中、責め立てた。成績は下がり、「おかしなヤツだ」というまなざしに同級生も変わっていった。
でも、黙っていた。感情を出さないのが、習い性になった。
初めての交際は、ちょっと不良っぽい、2つ年上の中学3年のバレー部の子だった。いじめようと待ち伏せする先輩を教えてくれ、体育館で落ち合って一緒に帰る。2人の時が、ホッとできる楽しい時間だった。好きになる女性はいつも、落ち着いた年上になった。
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やすらぎを望んだ。妻は肉親へと変わっていった。
「これからどうやっていこうか」「体がしんどいなあ」
妻には愚痴をこぼす。話し出すと自分のことを2時間でもしゃべってしまう。愚痴を受け入れてくれるのが妻であり、望む家庭だった。だが、その役割を求めるうちに、妻が肉親に思え、女として見られなくなった。挑発的な下着で雰囲気づくりをされても、夜だけ女に変わることに、不自然ささえ感じる。 半年前。その夜も洋画を見ていた。ビールの勢いをかり、妻が切り出した。
「子ども、どうするの」
受け流すつもりが、つい口にしてしまった。
「女として見るのが難しい」
「そうなんだあ」
語尾が消えた。しょんぼりしたように見えた。でも、そういう感覚になっていることを伝えておきたかった。
離婚してもいいよと言ったこともある。だが、30代半ばになって、新しく男性を探す気力はないという。一緒に旅行やボランティア活動もする。セックス以外の問題は見当たらない。自分も妻は失いたくない。
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子どもさえできれば妻は子どもに気持ちが向き、セックスがなくても当たり前の夫婦になれるんじゃないか。
4月に2人で決めた。排卵日の3日前、一晩だけの「約束」。その日には男の子が生まれにくいと、本にあったからだ。
「つくるなら女。男として生まれてよかったと思ったことはない。自分の遺伝子を継ぐ男だと、つらい思いをするだろうから」
今月も数日でその夜がくる。でも、まだ自信がない。
× ×
夫婦って何だろう。固い絆(きずな)を誓い合ったはずなのに、いつの間にか心や体がすれ違う。セックスレスに悩むカップルもいる。愛しているのに、なぜ伝わらないのか。夫婦の素顔を見た。
(07/04)