気になっている審理があると、夜中に目が覚め、朝まで眠れなくなる。判事の緊張はむしろ楽しい。休日には、補助なし自転車に乗れるようになった娘と、森までサイクリングにでかける。母としては、この時間を渡したくないと心から思う。
趣味のピアノに、パウリーン(38)は、もう何年も触っていない。
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勉強のよくできる少女は、12歳から法律家を志していた。仕事の可能性が広がりそう、というのが理由だった。
18歳の時、3つ年上の大学の同級生と一緒に住むようになる。25歳で結婚し、翌年弁護士として働き始めた。
キャリアの階段を上るのに、立ち止まる暇はない。いずれは母親になりたいと思っても、20代のころは仕事への野心で先送りしていた。
32歳までピルで確実な避妊をし、満を持して臨んだ計画出産。34歳で第1子、35歳で第2子、37歳で第3子と、4年の間に3人の娘の母になった。
子どもたちが、仕事は人生のほんの一部だと考える自分にしてくれた。
キャリアと家庭の両立には工夫が必要というのが持論。パウリーンは、子どもにストレスのかからない生活環境を整えることからとりかかった。夫の職場まで車で10分のところに引っ越し、自分は企業を顧客にする弁護士から判事へと転職した。
現在は地方裁判所の「パートタイム判事」。出勤は週2日で、民事訴訟や離婚調停を主に扱っている。
オランダでは雇用拡大のため、パートタイム労働者を増やすワークシェアリングを進めている。しかし競争の激しい民間で、管理職を望むとなれば現実は厳しい。
「公務員なら、フルタイム勤務でなくても結果さえ出せれば公平に扱われる。それが魅力だった」
家の中のことを人に任せるのも性分としていやだったし、労働時間を削りすぎて仕事の質を落としたくなかった。週3日の勤務を要求する裁判所を、説得した。
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手入れされた庭の花が美しい。ロッテルダムでも指折りの住宅地に一家は住む。
夫は「公証人」としてのキャリアに熱中している。法的な契約書を作るのが仕事で、オランダでは稼げる職業の代表だ。2年前に、大手事務所の共同経営者に名を連ねた。
結婚するころまでの情熱は、正直に言って遠のいたと思う。いまは家庭の運営を目的にした「仲間」のような感覚だ。
数年すれば、子どもたちから手が離れるだろう。今度は夫がパートタイム勤務を、希望するかもしれない。それでも自分は、あと2日増やして週4日働く生活がちょうどいいと思っている。チャンスがあれば昇進もねらうが、自分だけの時間も取り戻したい。
「家庭も仕事も無理なくやってきた。長続きのコツは、自分たちにとって、ベストのリズムを考えること」。パウリーンには、力みがない。(敬称略)
(11/05)