連載「つないだ手は 高齢期の生と性」で、お年寄りの性や、人を求める心を自然なものとして受け止める特別養護老人ホームなどを紹介した。だが、介護の現場には、戸惑いの声も多いようだ。試行錯誤しながら、性の問題に取り組む施設を訪ねた。
関西のある特養ホーム。4年前に入居した痴ほう症の太郎さん(86)=仮名=は、元工場の経営者。入居当時は親切で穏やかだったが、2年前の1月ごろから変わり始めた。
女性の車いすを押してあげていると思ったら、手が胸元に入った。春になると、ソファで女性の股間(こかん)に手を滑り込ませ、相手の手をとってズボンの中に入れた。女性は痴ほう症の人ばかり。職員はそれとなく、「お茶が入りました」と声をかけて2人を離した。
6月上旬、事件が起きた。夜、職員が女性の部屋の戸を開けると、太郎さんが女性の服を脱がせ、ほとんど裸で横に立っていた。
びっくりした職員は思わず戸を閉めた。太郎さんもばつが悪かったのか、すぐ部屋を出ていった。だが翌日も。職員が「何してるんですか」と言うと「世話してるだけやんか」と声を荒らげて自室に戻った。
担当の職員、看護師、音楽療法の担当者、副施設長の6人で話し合った。
このころの太郎さんの口癖は「ワシはだれや」「なんでここにおるんや」。この不安に、どれだけ答えてきたかと反省した。「自分をちゃんと見てほしいという訴えではないか」
できるだけ声をかけ、散歩を増やした。月1回の書道を4回にし、職員と写経もした。秋の運動会や市の敬老会では代表であいさつをしてもらう。ゴキブリがいると「怖いから」と退治を頼む。いすの移動も「重くて」と助けを求める。「よっしゃ。いつでも言うてや」。役に立っているという実感を持ってもらうようにした。すると、その年の暮れには落ち着いた。
副施設長は「結局ケアが未熟だったんだと思います。性行動が、なぜ起きるのかを考えることが大事ですね。さみしいからかもしれない。個別にその人を見ているか、介護の質が問われると思います」と話す。
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「生きる活力になるなら、入居カップルの同室も積極的に援助したい」。神奈川県にある特養ホームの総合施設長(60)は話す。
1月までいた80代の男性と70代の女性入居者。互いに痴ほう症で男性は女性を妻と思い込んでいた。手を組んでテレビに見入り、一つのベッドに寄り添って寝ていたことも。触れあいが刺激になったのか、女性は過去の記憶を一部取り戻し、男性も穏やかになった。
「何より目が輝いて表情が生き生きするんです」
この10年ほどにできたカップルは7組ほど。職員の休憩室の和室を個室として提供したこともある。相思相愛であれば自然なことという。
入居者の性を考えるうえで大切なのは「職員全員が同じ認識をもつこと」。入居者から不満が出ても同じ説明ができれば、混乱しない。特養はついのすみかだ。結婚などの形を求めなければ、親族の抵抗もないという。「施設は生活の場。当たり前のことと理解し、見守るしかない」と話す。
○タブー視強く戸惑いも
高齢者の性をタブー視する風潮はまだ強く、現場には戸惑いも多い。3年前まで老人保健施設で働いていた神奈川県の女性(55)は「入居者の性の問題には頭を痛めました」と振り返る。
痴ほう症で60代の半身マヒの男性が入居していた。女性職員に抱きつくなど性的要求が強かった。中でも困ったのは自慰行為だ。車いすに乗って食堂のあるホールに出てはズボンを下ろして始める。「正直に言うと、気持ち悪くて手が出せなかった」。その都度男性職員を呼んで部屋に戻してもらった。
痴ほうの人をしかるのはよくない。職員の研修会でそう決めていたが、対応に名案はない。家族も困り果てるばかりだった。
「性的な感情が生きる活力につながるとはわかっていても、仕事となると、なかなかプラスには受け止められないのが現実です」
◇欠ける性への気遣い
特養ホームの訪問調査をし情報公開している「特養ホームを良くする市民の会」代表の本間郁子さんの話 8都道府県414施設を調べたところ、排せつの介助を同性がする配慮をしているホームは3分の2。男性に介護されるのはいやだと思っている女性が多いのに、3割は配慮していないのが実情です。死ぬまで男性であり女性であるという意識が薄く、性を「いやらしいもの」とみたり、その場しのぎの対応をしたりしているホームがまだ多い。
施設の介護の質は、施設長の姿勢によって随分変わるが、実際は3分の1が行政職やそのOBで介護は初めて、老いへの想像力に欠ける人もいる。質の差がとても大きいです。
車いすなどへの「身体拘束」は、介護保険で禁止されたのを機に、介護を見直して随分減りました。性についても、ホームのケアの質の問題として、正面から向き合ってほしいです。
(03/08)