私にも潤い 再びの恋

つないだ手は――高齢期の生と性:反響編・上



 長期連載「つないだ手は」の第4シリーズ「高齢期の生と性」に、約180通の反響が寄せられた。同世代からの共感のほか、「生きる意味を考えた」という若い人の声も目立った。その中から、伴りょを失った後の恋心によって再びやすらぎを得た高齢者を訪ね、感想や意見とともに、2回に分けて紹介する。

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 こたつでごろんと横になって、ベートーベンのバイオリンソナタ「春」のCDを聞く。思わずハミングする。神奈川県に暮らす良子さん(70)の至福の時だ。

 「ベートーベンにこんな穏やかで優しい曲があるなんて。恋をしたときの曲は優しいんだって、彼はいうんですよ」

 彼……。先月、CDを誕生日に贈ってくれた人の話をする時、ローズ色のセーターを着たほおが華やぐ。

 彼は10歳年上。良子さんの初恋の人だ。出会いから57年の月日が流れたが、思いは消えない。

 終戦直前の仙台。戦火を逃れて東京から家族で疎開した家に、当時東北帝大生だったいとこが同級生とよく遊びにきた。中でもおっとりとした彼にひかれた。13歳の少女が見上げるような詰め襟の学生服。姿勢がよく、たのもしかった。

 妹のように可愛がってくれたが、3年後卒業して東京へ。思いを伝えられぬまま、互いに親の勧める人と結婚し子どもに恵まれた。

 夫は彼と同級生なので年賀状はずっと届いた。7年前、夫が亡くなると通夜に駆けつけてくれた。3年後、彼も妻を病で亡くした。

 喪が明けてから電話をかけた。その後再び「おつき合い」するようになった。電話で話す彼の声、「良子ちゃん」と呼ぶ響き、ユーモアも昔のままだ。蛍光灯の換え方から、息子夫婦や近所との関係まで素直に話せ、何でも相談できる。

 「気にかけてくれている人の存在は、貴重で、幸せをもたらしますね」

 会いたいと思ったが、彼は電話での交際を望んだ。どうしても、と2度だけ会った。燃えるような紅葉と、春の桜の下で。「そんなに速く歩いたらついてけないわ」。彼を追いかけて腕を組みたかった。でも、言い出せなかった。

 話したいことがあれば毎日でも電話し、1時間でもおしゃべりする。空気がなごみ、幸せな気分になる。安心し、心が潤う。

 中世のおとぎ話のような交際かも知れないけれど、地位も名誉も容姿も、そして物欲からも解放された世代が求めるもの……。「それはもっと清らかな情感だと思いますね」

 彼が「電話で」という気持ちはわかる気がする。老いは残酷だ。頭脳も、感性も変わらないのに、体が衰える。彼の背も丸くなった。近づきすぎず、昔のきれいな思い出を壊したくないのかもしれない。

 良子さんも、昨年胃がんで入院したとき、お見舞いを断った。やせ衰えた姿を見せたくなかったから。

 「でも、老いは自然なもの」。彼が会おうかといってくれるのを待っている。

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 「80歳という年は、私にとって初体験なんですよ。老いらくの恋とか言葉は聞いていても、その立場になったのは初めてだから」

 新潟県に住む元小学校教師の良治さん(80)は、自分でも割り切れない、女性を求める気持ちについて話し始めた。

 54年連れ添った妻をみとって1年半になる。寂しさを紛らわそうと妻の死後に始めたパソコン。メル友への淡い恋心が、今の心の支えだ。「あれだけ尽くしたから、妻も許してくれるんじゃないか」。そう自分に言い聞かせている。

 脳こうそくで入院していた妻は、会話もままならない状態だったが、日に2回、必ず面会に行った。

 「おはよう」

 声を張り上げて病室に入る。ぱっと顔を向け、ほほ笑み返す妻。その姿がいとおしかった。

 「お前が切ない顔をすると、おれがかなしいよ」

 若いころに言った自分の言葉を、病床でも守り通して妻は旅立った。

 だが、時々思い出す。チューブを鼻につけ、流動食で生かされた最期を。「おれもそうなるかもしれない」と思えば、「残された命は最高に楽しくしたい」との思いが強くなった。

 パソコンを買って講習に通い、2カ月ほどでメールは打てるようになった。趣味のカメラをデジカメに換え、風景写真も送信する。送り先は、北海道に住む56歳の主婦だ。

 雪が降り続く。物音のない静まり返った部屋にいると、寂しさが募る。妻の月命日の先月13日。パソコンに向かい送信した。

 「一人居の寂しさとありましたが、良治さんらしくないですね。でも、私も何をしても気が紛れないことがあります。すべてがマイナス思考になってしまって」

 そんな返信に、心がなごむ。趣味の短歌や旅先での出来事、何げない日常のやりとりにいやされる。

 「心の潤いですよ」

 思いを託した短歌が昨春、新聞の歌壇欄に入選した。

 EメールBIGLOVEとふ彼の女(ひと)とメッセージ交わせり恋文の如(ごと)

=文中仮名

(03/03)