共に越えた更年期のつらさ

つないだ手は――高齢期の生と性:5


 「春から夫と一緒にいられるのがとってもうれしい」

 敬子さん(64)がこう言うと、友人は決まって笑う。「お勤めしていてくれたほうが楽よ」と。

 夫の信一さん(70)は3月で、嘱託の仕事も「定年」になる。新潟県の放送局に勤め、月の半分は出張で土日も出勤する仕事人間だった。

 敬子さんが三女を妊娠し、肝臓を悪くした時のことだ。「あきらめなさい」という医者の忠告より、夫の希望を受け入れた。体重が40キロを切り、必死の思いで産んだのに、面会に来たのは出産翌日の夜。出張帰りに寄った夫の第一声は、「生まれたんだって」だった。

 娘が結婚し、夫婦だけの生活となった10年ほど前。敬子さんの体に変調がおとずれた。頭痛に発汗。イライラしてはふさぎ込む。更年期の始まりだった。

 「口を開けばそこが痛い、あそこが悪いしか言わない」と夫はいう。

「だってそうだから」。返す言葉はそこまで。一生懸命働いている夫に悪いと思うと、言葉をのみ込んだ。寝室で求められても、体がこわ張った。体調を分からない夫は、むくれた。

 そんな夫婦関係が変わり始めたのは、あの時からだ。

   *

 8年前、更年期のつらさに耐えかねて、敬子さんは夫に訴えた。

 「東京の大学病院に通いたい」

 雑誌でみつけた更年期の専門外来に行こうと決めた。新幹線で約2時間の道のり。通院の日が近づくと、信一さんは「具合が悪くなると心配だから」と付き添うという。意外だった。

 車中。乗り物酔いしやすい敬子さんは窓側に、その隣で信一さんは文庫本に読みふける。特別、会話があるわけではない。でも「隣にいる。一緒に行動できるのがうれしかった」。2カ月に1回の通院を結局4年間、付き添ってくれた。

 信一さんは、長年勤めた会社を定年退職し、職員3人の財団に再就職していた。大きな組織での緊張感や仕事の忙しさから解放され、周りが見えてきた。

 そのとき何げなく見た健康雑誌の投稿欄。更年期のつらさを訴える声の多さ。妻の苦しむ姿が重なった。

 「大変なことなんだと、ようやく気付いたんです」。通院という時間を共に過ごし、「やっと夫婦になれたかな」と敬子さんは振り返る。

   *

 数年前、信一さんの高校の同窓会。

 級友が、しみじみ語り始めた。「女房が最近夜のつき合いに応じない。離婚しようかと思うくらいだ」

 「女には更年期障害もある。理解してやらんと」

 みんな驚いていた。男兄弟で男子高育ちの「お前が」と。「こう言えるのも、妻から得た経験でしょうね」

 更年期を脱して4年たつ。

 「そろそろ恩返しがあってもいいだろ」

 「こういうのにも定年があっていいんじゃない」

 寝室でのそんな会話が、互いに素直な気持ちでできる。

 敬子さんは「それで、十分幸せ」と思う。=文中仮名

 (おわり)

(02/15)