生きる力、呼び覚まされて

つないだ手は――高齢期の生と性:1

 薄暗い会議室。車いすに座るお年寄りの後ろ姿が影絵のように浮かぶ。

 横に2列、14人。スクリーン代わりの白い壁いっぱいに、つややかな肌が広がる。

 東京都内にある特別養護老人ホームでは、毎月1回、「紳士のクラブ」が開かれる。希望者が、30年ほど前の日活ロマンポルノを見る会だ。毎回15人前後、ときに女性もまじる。

 この日、上映されたのは「色暦大奥秘話」。若侍と大奥の奥女中が、御法度の恋を貫く物語だ。

 崩れ落ちる2人。きぬずれの音。ぐっと抱き寄せる場面になると、車いすのお年寄りの体が、ゆっくりと前のめりになる。不自由な体で左下に大きく傾き、必死に首を持ち上げてスクリーンを見上げる人がいる。「ナンマイダ、ナンマイダ」とつぶやく人もいる。

 車いすで腕組みしている大さん(87)=仮名=は98年12月、入居したときは寝返りも打てず、声も出ず、表情もなかった。痴ほう症で2年半いた病院では、手足を縛られもした。腰には肉がえぐれ骨が見える15センチの床ずれ。食事も排せつも介助が必要で、死も間近と思われた。

 職員が床ずれの手当てをし、話しかけても一進一退が続いた。どうも元気が出ないので、2年前「ショック療法」で、このクラブに参加してもらうことにした。ベッドのように背中を倒せる車いすで初めて見たのが「四畳半襖(ふすま)の裏張り」。恋に落ちた二等兵と芸者さんが、シベリア出兵で引き裂かれる。

 画面から軍隊のラッパが鳴った時だ。大さんが突然「新潟県出身鈴木大」と叫んだ。自分の名前。職員はこんなはっきりした声を初めて聞いた。

 大さんは農家の三男に生まれ、召集されて陸軍に入った。戦後、消防士になり結婚して3児の父となった。退職後は東京都内で家族と暮らしていたが、8年前に痴ほう症になった。

 映画を見るようになって、大さんはどんどん元気になった。日中は車いすに座り、自分で食べられるようになった。「あーあー、あの顔であの声で」と軍歌を歌い、「ハッハ」と声高く笑う。焼き肉をほおばり、車いすの風船バレーボールで風船を打ち返す。

 「性は生きる力を呼び覚ます、っていうことがあるんだよね。いくつになったって」

 職員は大さんの変化に驚いた。元気だったころを思い出させたのか。心が動けば、体が動くということか。

 クラブを始めたきっかけは入居者が見たいと言い出したからだった。「特養は生活の場だから、何でもありでいいんじゃない」。職員からは反対もなかった。

 このホームは、開設当初から「生活の場に管理は不要」との考えで、多くの施設で行われている車いすやベッドへの身体拘束はしていない。心の自由もできるだけ尊重する。車いすのお年寄りを介助して、浅草にストリップを見に行ったこともある。

 映画は日活ロマンポルノに限った。専門家から「名作」と呼ばれる作品も多く、物語があり、描写も過激でないからだ。最初は数人でビデオを見ていたが、希望者が増えたので会議室を会場にした。

 施設長代理(55)は「別に難しいことじゃない。性も特別に考えないっていうこと。陶芸クラブ、書道、詩吟も同じ。みんな明日、何があるかわからない。だから私たちは、今日、できるだけのことをしたい」という。「性は卑わいと考えるのか、生の一部とみるのか。こちらが問われることだよね」

 「大奥」の映画が終わった。最後は2人が舟をこぎだして駆け落ちする場面だ。

 「どうだったぁ」と職員が聞くと、「よかったあ」とお年寄りたち。泣いている人もいる。「2人はあれからどうしたろう」「田舎へ逃げて百姓でもしたんじゃないかい」

 「大さん、顔が……」。迎えにきた女性職員が声をかけた。ほおがほんのりと色づいていた。

 人生80年。その終末まで、人が人を求める気持ちは、枯れない。