再婚:上 妻から
つないだ手は――夫婦になって

 今ならわかる失敗の理由

 なぜ、離婚をしたのか。

 今、ようやくみえてきた。

 「相手に完璧(かんぺき)を求めすぎたんじゃないか」

 28歳で結婚、関西で新生活を始めた。4歳年上だった最初の夫は、女性が働くことを当然と考える人だった。仕事も育児も助け合う夫婦を理想にしていた私(39)には、ぴったりに思えた。

 間もなく妊娠。待ち望んだ子どもは4カ月で流産しかけ、絶対安静になった。

 結婚の直前に、二人で会社を興していた。私の治療費も加わり、資金繰りに困った夫は夜、バイトも始めた。

 出産後も病弱な長女の世話で、二人とも眠れない日が続いた。

     *

 互いのストレスがピークに達した夜だった。

 夫は商品の販売先から代金を回収できずに帰ってきた。

 「ミルク代どうすんのよ」「今月の支払いどうするつもり」。黙り込む夫に詰め寄った。

 まくし立てる私のほおを、夫は平手で殴ってきた。

 暴力は日を追って激しくなった。襟元をつかまれ、突き倒される。胸をけられて、肋骨(ろっこつ)が折れたこともある。

 気が済むと、決まって優しくなる。「お前がおれの言うことを聞いてくれれば暴力を振るわないで済む」

 性生活もなくなった。

 7年前、阪神大震災が関西を襲った。激しい揺れで目が覚めた。

 数日たった夜、避難所となった体育館がテレビに映し出されていた。

 フリージアだったと、思う。空き瓶に生けられていた。住まいも着るものも失ったのに、花の美しさを感じ取る力があるなんて。人間の奥深さに打たれた。

 気がつくと泣いていた。

 子どもがいるから、とあきらめかけた人生。「自分も頑張れるかも」。離婚調停を申し立て、逃げるように別居した。

     *

 離婚から3年。子どもを寝かしつけた深夜、パソコンの画面をスクロールする。結婚相手を紹介するサイトに掲載された男性のプロフィル。離婚した友人との話題に上り、軽い気持ちで探してみた。

 「子連れOK」の文字を見つけ、手を止めた。「離婚で多くのことを学びました」と、短い自己PRがあった。

 大学院卒の会社員(44)。「失敗をかてにして生きている人だ」。そう直感して、メールを送った。

 1日のメールは数回になり、やがて電話に変わった。

 出張先の米国から、顔も知らない子どもにカードを贈ってくれる。「いいお父さんになってくれそう」と感じた。

 「帰って来るときに迎えに行こうか」。国際電話でそう言った。

 成田空港の到着ロビーで、彼を探す。顔がわからず、携帯電話で確認する。

 「え、こんなおじさん?」

 髪は七三分け。ちょっと小太りの男性が現れた。

 「初めまして」と言ったまま、言葉が続かなかった。

 でも、すぐに思い直した。「大切なのは中身。外見なんて変えられる。私が変えてみせる」

(04/19)