再婚:下 夫から


つないだ手は――夫婦になって

 4年前、成田空港は夏休みで混雑していた。

 彼女(39)はTシャツに短パン姿で、米国から帰った僕(44)を出迎えてくれた。

 電話での落ち着いた印象より若々しい感じがした。

 「初めまして」

 あいさつをした後、二人とも黙ってしまった。

 「出張どうでした」。ぽつりぽつりと会話が始まった。

 「へー、そうなんだ」「それどんな人?」。相づちを入れてくれる。

 「相手の話を聞く人だ」

 メールで描いた人柄は、実際に会ってより深まった。

 2カ月後、神奈川県内で結婚生活を始めた。

     *

 29歳で最初の妻と見合い結婚した。父の会社が取引する中小企業の社長の娘だった。明るくよくしゃべる人。テンポが良く、会話も弾んだ。

 6回目の見合いだった。周りの友人が結婚し、「もういい加減にしたら」という親の小言も決断を後押しした。

 旅行に行ったり、一緒にテニスをしたり。最初の1、2年は楽しくやっていたつもりだった。だが、残業で帰宅が遅くなると、すれ違いが多くなり、会話が減った。

 やがて妻は実家に帰り出す。僕が迎えに行くまで、戻ってこない。

 「子どもさえ生まれれば」。自分と妻をつなぐ何かが欲しかった。人工授精も試みたが、できなかった。

 結婚6年目のある夜。

 寝室で妻の肩に手を伸ばすと、「体調が悪いの」と拒否された。その後も「今日はそういう気分じゃない」。理由をつけては拒まれた。

 「どうしてなんだ」と聞くと、「あなたとはいやなの」と繰り返し、背を向けて泣くだけだった。

 浮気も疑ったが、聞かなかった。どこかであきらめかけていた。3年半の別居の後、4年前に離婚した。

 「学歴で僕を選んだのかな」。見合いの直前に、妻は自分と同じ国立大を出た銀行員ともお見合いをしていた。

 振り返れば、自分だって同じかもしれない。

 「親にせかされ、世間体ばかり考えていた。どんな家庭を作りたいか、は考えずに」離婚して半年。40歳を迎え、寂しさが募った。

 「離婚で多くのことを学びました」

 結婚相手を紹介するサイトに自己PRを登録した。その1カ月後だ。今の妻から返事が来たのは。

     *

 今でも、二人を結びつけたメールは健在だ。出社するとすぐパソコンに向かう。

 「今日は富士山が見えた」

 通勤途中に見たことや仕事の愚痴も。けんかの後は「ごめんね」で始める。メールなら、言いやすい。家族そろっての夕食。子どもたちに「おいしいね」と言えば、「こんなおいしいものが食べられるのは、パパのお陰だね」と、妻が続けてくれる。

 周りからみたら、わざとらしく聞こえるかもしれない。

 「でも、照れずに口にする。それが夫婦の潤滑油かな」

 一度失敗したからこそ、気づいたことだ。=おわり

(04/22)