ネットの中、母は別の顔

 「かりん」
 それが母のネット上の名前だ。出会い系サイトの中にいるもうひとつの顔。それを知ったのは高校2年の昨年暮れ、帰省した時だった。

 午後10時を過ぎていた。親は寝てしまい、テレビを見ていた。食卓に母の置き忘れた携帯電話があった。手に取り、軽い気持ちで操作する。

 〈ご主人が出張の間、泊めてくれて感謝している〉

 表れた文面に、あわてて携帯を食卓に戻した。
 「うちの子に限って、の逆バージョン。うちの母親が浮気するはずないだろう」。涙がじわっと出てきた。
 もう一度、手に取る。

 〈息子さん、いつ戻るの〉

 一人暮らしをする自分のことを、男は知っていた。受信メールは810通。「トラック運転手・42歳独身」。そんな自己紹介も入っていた。

 翌朝、「おはよう」という母に、言葉を返せなかった。よそよそしい態度に母は気付いたのか、食卓に置く皿の音が大きくなった。いらだっているのがわかった。

 小学生のころは、引っ込み思案で、放課後友だちとあまり遊ばなかった。母と一緒に、よくテレビゲームをして過ごした。ほしいものは何でも買ってくれた父より、しつけにも厳しかった母が好きだった。「父さんのように甘いんじゃなくて、やさしいんです」
 母を問い詰めようとは今も思わない。「家庭崩壊は嫌ですからね」

 今年に入って、東京・歌舞伎町でよくナンパをするようになった。
 「ちょ、ちょっと。これからご飯でもどうですか」
 手で女の子の歩みを遮る。そこで足を止めれば「絶対いける」。ショートカットの黒髪で細い脚の年上が好みだけど、現実は適当。ゆっくり歩いている子を狙う。
 スパゲティをおごって近くのラブホテルで過ごす。しめて約1万円だ。

 母の携帯を見て、何か自分も変わった気がする。
 その日だけの関係と思ったら、名前も携帯番号も「別にいいかっ」。そんな気になった。
 「いろんな人と関係をもつことがよくないと思っていたら、母親のこと受け止められないじゃないですか」

 8月の夏休みも帰省した。母の携帯には、別の男のメールがあった。

 家族が買い物に出かけた午後。一人でぼーっとテレビのワイドショーを眺めながら、思った。「お母さんもさみしいのかな」
 出張の多い父。子どもも家にいない。趣味もなさそうだし……。学校の女友だちが言っていた。「お母さんがホストにはまって大変なんだ」。うちが特別とも思わない。

 最近、キーボードに入れ込んでいる。弾くほどにレベルが上がるのがわかる。没頭できるものが、自分にはある。
 「一通りやるべきことをやれば、後は自由にやっていいよ」。母の口癖だった。家事、犬の散歩もしている母。「後は、何やってもいいんじゃないの」。そう自分を納得させている。

(09/11)