「産みたい」。母の平手が飛んだ

 夜、本棚に隠したノートを取り出す。
 「今日は星がきれいだったよ」「学祭の準備に追われています」
 高校1年だった昨年の秋から書き始めた日記は、もう3冊目になる。
 1冊目の最初のページには「ごめんね」。
 あの子への謝罪だった。

 妊娠がわかったのは昨年の夏休みが終わったころ。親の希望通り進学校に入学し、半年になろうとしていた。
 彼の家で妊娠検査薬を試し、念のため2人で病院にも行った。帰り道、「産むんだったらおれが稼ぐよ」と彼は言ってくれた。うれしかった。でも、学校はどうしよう。親に言わなくてはいけない。動揺していた。

 家に戻り、妊娠を告げる。母は引きつった顔で言った。
 「その年でそんなことをして、汚い」
 「でも私、産みたい」
 ほっぺたに平手が飛んできた。

 引きずられるように産婦人科に連れて行かれ、手続きがとられた。
 ベッドに横たわっていると、下腹部にかすかな動きを感じた。妊娠4カ月での中絶。数時間前に陣痛促進剤を打たれていた。

 分娩(べん)室に呼ばれる前に、準備をしようとトイレに行った。少し力む。小さな足と、さらに小さな指だけが、はっきりと目に焼き付いた。怖くて触れることすらできない。

 「ああ、本当に、私の中にいたんだ……」。遠くなる意識の中で、初めて妊娠という現実を実感した。
 「あなたは、命を奪ったのよ」。病室に身の回りの物を持ってきた母に言われた。トイレで見た子の姿が浮かぶ。声を殺して泣いた。
 夜、別居中の父が見舞いに来てくれた。「元気か」。私の幼いころのことをベッドサイドで話してくれた。

 体が、少しあたたかくなった気がした。
 彼とつきあい始めたのは、中学1年の3学期。同級生で、背が高く優しいところにひかれた。初めてセックスをしたのは4カ月を過ぎたころ。直前まで、どんなことをするのかはっきりとは知らなかった。ただ、「早く経験したほうがすごい」というのが、みんなの「常識」だった。

 彼の誕生日。2人きりで彼の部屋に。まじめな顔で聞いてきた。
 「エッチしてもいい?」
 「別に、いいよ」
 ちょっと痛かったけど、幸せだった。彼がどんどん好きになる。家に帰るのがいやになった。

家を出て、新しい家族をつくれば、救われる

 ガチャン。お皿の割れる音が家中に響く。母の作った夕食を、台所の流しに投げつける父。小学生の時の記憶だ。

 幼い時から見慣れた光景。けんかの原因は覚えていない。父の怒鳴り声と母の金切り声。自分の部屋に逃げ込んで耳をふさいでも聞こえてきた。

 「また始まった」。息がつまりそうになる。友だちの家に逃げ出すようになった。

 母は父との別居後、10キロ近くやせた。一緒に住んでいても、私のことを考える余裕はない、と思う。父からも母からも、ぎゅうっと抱きしめてもらった記憶はない。

 どんなわがままを言っても突き放さない彼のそばが、一番あたたかい場所になっていった。

 彼とは母に内証でつきあっている。避妊は今もしていない。「あの子にもう一度生まれてきてほしい。母になれば救われるような気がする」。早く家を出て、子どもを産み、新しい家族を作りたい。

 この夏、ファミリーレストランでアルバイトを始めた。走り回る子どもをなだめて小わきに抱え、料理を持ってテーブルに運ぶ。意外とたくましい自分にびっくりした。

 中絶後すぐに郵便局で通帳を作った。初めてもらったアルバイト代の3万円を預けるつもりだ。

 本当の愛って何だろう。親も友だちも教えてはくれない。増え続ける10代の中絶や性感染症。無防備に異性に走る子どもたち。その声に、耳を傾けた。

(09/09)