若山牧水 1928年9月17日 生まれ |
随筆「酒の讃と苦笑」より八首 白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり 酒飲めば心なごみてなみだのみかなしく頬を流るるは何(な)ぞ われとわが悩める魂(たま)の黒髪を撫ずるとごとく酒は飲むなり 酒飲めば涙ながるるならはしのそれも独りの時にかぎれり 語らむにあまり久しく別れゐし我等なりけりいざ酒酌まむ 酔ひ果てては世に憎きもの一もなしほとほと我もまたありやなし なにものにか媚びてをらねばならぬ如き寂しさ故に飲めるならじか 人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ。 歌集「黒松」より三首 合唱 足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちをる 最期の歌 酒ほしさまぎらはすとて庭に出でつ庭草をぬくこの庭草を 芹の葉の茂みが上に登りゐてこれの小蟹はものたべてをり 牧水は1928(昭和3)年9月17日午前7時58分、家族や門人に水代わりの酒で唇を湿らされながら、44歳の人生を肥大性肝硬変で閉じました。 |
「日本詩人全集6 若山牧水・窪田空穂・土岐善麿・前田夕暮」新潮社より |