『 山崎方代歌集 こんなもんじゃ 』より 短歌 十首
股ぐらに手をおしあてて
極楽の眠りの底にわれ落ちてゆく
いつまでも転んでいるといつまでも
そのまま転んで暮らしたくなる
さいわいは空の土瓶に問いかける
ゆとりのようなもののようなり
親子心中の小さな記事を切り抜いて
今日の日記を埋めておきたり
死ぬほどの幸せもなくひっそりと
障子の穴をつくろっている
こんなにも赤いものかと昇る日を
両手に受けて嗅いでみた
踏みはずす板きれもなくおめおめと
五十の坂を下りて行く
地上より消えゆくときも人間は
暗き秘密を一つ持つべし
このようになまけていても人生に
もっとも近く詩を書いている
縄跳びの赤い夕日の輪の中に
少女が十字を切っている
山崎万代は29歳の時、第二次世界大戦の戦闘で右目を失明、左目の視力も0.01となる。58歳から肺がんによる心不全で病没するまで、鎌倉市の四畳半のプレハブに「方代艸庵」と立て札を立てて住んだ。
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