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12月



谷川俊太郎

1931年12月15日 生まれ


      ワイセツについて


どんなエロ映画も

愛し合う夫婦ほどワイセツにはなり得ない

愛が人間のものならば

ワイセツもまた人間のものだ

ロレンスが  ミラーが  ロダンが

ピカソが  歌麿が  万葉の歌人たちが

ワイセツを恐れたことがあったろうか

映画がワイセツなのではない

私たちがもともとワイセツなのだ

あたたかく  やさしく  たくましく

そしてこんなにみにくく  恥ずかしく

私たちはワイセツだ

夜毎日毎ワイセツだ

何はなくともワイセツだ


「これがわたしの優しさです  谷川俊太郎詩集   その他の落首より」集英社文庫より

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12月



与謝野晶子

1878年12月7日生まれ

   君死にたまふこと勿れ
         (旅順口包囲軍の中に在る弟を嘆きて)


あゝをとうとよ君を泣く

君死にたまふことなかれ

末に生まれし君なれば

親のなさけはまさりしも

親は刃をにぎらせて

人を殺せとをしえしや

人を殺して死ねよとて

二十四までを育てしや



堺の町のあきびとの

旧家をほこるあるじにて

親の名を継ぐ君なれば

君死にたまふことなかれ

旅順の城はほろぶとも

ほろびずとても何事か

君知るべきやあきびとの

家のおきてに無かりけり



君死にたまふことなかれ

すめらみことは戦ひに

おほみづからは出でまさね

かたみに人の血を流し

獣の道に死ねよとは

死ぬるを人のほまれとは

大みこゝろの深ければ

もとよりいかで思されむ



あゝをとうとよ戦ひに

君死にたまふことなかれ

すぎにし秋を父ぎみに

おくれたまへる母ぎみは

なげきの中にいたましく

わが子を召され家を守り

安しと聞ける大御代も

母のしら髪はまさりけり



暖簾のかげに伏して泣く

あえかに若き新妻を

君わするるや思へるや

十月も添はでわかれたる

少女ごゝろを思ひみよ

この世ひとりの君ならで

あゝまた誰をたのむべき

君死にたまふことなかれ


「もし それが  わたし  だったら〈24の反戦詩集〉」赤木かん子 編  自由国民社 刊より

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