紹介記事目録 | |
2013年
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N144 服飾・装飾・化粧・裸体・人形へもどる | 分類表に戻る |
記事紹介の留意事項 |
朝日 |
2013/08/04 |
刊 | 面 | No .N144a130804xxx |
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大阪市/西成区 |
一条さゆり、川上譲治 | |||||||||
シリーズ・特集;http://www.asahi.com/national/update/0804/OSK201308030173.html | ||||||||||
見出し: 「反骨の踊り子」再び 一条さゆりさんしのぶ会 |
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メモ : 「反権力の象徴」と語り継がれるストリッパー、一条さゆりさんをしのぶ会が十七回忌にあたる2013年8月3日、大阪市西成区の立ち飲み酒場「難波屋」であった。ストリップ劇場の元興行師で写真家の川上譲治さん(63)が「波乱に満ちた生涯に再び光をあてたい」と企画。ファンや関係者ら約200人が集まった。 一条さんは1972年、大阪での引退興行中に公然わいせつ容疑で現行犯逮捕され、娯楽か犯罪かをめぐって最高裁まで争ったが、懲役刑が確定。晩年は生活保護を受けながら大阪・釜ケ崎で暮らし、1997年8月に肝硬変のため60歳で亡くなった。 東京から駆けつけた元ストリッパー牧瀬茜さんが「ストリップ劇場の存続が危うい中で踊り子はみんな懸命に踊っている。天国から見守って下さい」と追悼の辞を述べた。一条さんの生涯を描いたアングラ劇「谷間の百合」が上演されたほか、引退後を知る舞台役者、一色凉太(いっしきりょうた)さん(71)が一条さんの最期を語った。 |
朝日 |
2010/11/14 |
刊 | 面 | No .N144a101114xxx |
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島根県/浜田市 |
男 |
60 |
川上譲治、牧瀬茜 |
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シリーズ・特集;http://www.asahi.com/culture/update/1106/OSK201011060038.html | ||||||||||
見出し: 時代に踊ったストリッパー撮りため 元興行師が写真展 |
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メモ : 劇場の相次ぐ閉鎖で、いまや風前のともしびとなったストリップ業界。裏も表も知り尽くした元興行師が、約30年にわたって踊り子たちの姿を撮りためた写真展「裸的群像展」が京都・嵐山のギャラリーで開かれている。被写体に迫るモノクロ写真からは、かつての熱気が伝わってくる。 島根県浜田市の川上譲治さん(60)。1975年に大阪芸術大を中退し、写真家を志して上京。翌年、新宿のストリップ劇場で従業員募集の張り紙を見て、「軽い気持ち」で飛び込んだ。半年後には照明係から支配人になり、その後は興行師として独立した。 風営法改正もあって斜陽化する業界が過激路線に走るなか、川上さんはストリップとジャズバンドの共演や、アングラ演劇、前衛舞踏集団の実験ショーをプロデュース。戦後の焼け跡でたくましく生きる女性たちを描いた田村泰次郎原作の「肉体の門」も、アングラ劇仕立てで上演した。 一方で、「この熱気を記録しなければ」と舞台の合間にシャッターを切った。なまめかしくも哀愁漂うストリッパーたち、アングラ劇団の型破りな舞台、楽屋でたばこをふかしてくつろぐ踊り子……。被写体との信頼関係があってこその一枚を撮りためた。 足かけ30年、川上さんは還暦を前に引退を決意し、2006年に島根へ帰郷。大阪芸大大学院で改めて写真を学び、いまは故郷の風景を撮る日々だ。 今回の写真展は「ストリップ屋」の総括として企画し、小説も出版した現役の踊り子、牧瀬茜さん(33)との二人展に仕立てた。舞台の写真や自身の思いをつづった文章を展示する牧瀬さんは「内向的な私にとって、ストリップは自己表現の場。その思いを知ってほしい」と話す。 川上さんは「若者がストリップに新たな地平を求めた時代を知ってもらえれば」と語る。2011年11月24日(木曜休館)まで、京都市西京区嵐山中尾下町32の2の「あーとすぺーす」(075・882・4868)で。入場無料。 |
京都 |
2008/07/29 |
刊 | 面 | No .N144k080729xxx |
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京都市 |
syo model office/吉見祥 |
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シリーズ・特集;http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008072900083&genre=K1&area=K00 | ||||||||||
見出し: 美術ヌードモデル脚光 京の主婦や学生、抵抗感薄れ |
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メモ : 絵画など美術関係のヌードモデルの世界で主婦や女子学生の姿が目立つようになってきた。「ありのままの自分を見てほしい」「非日常の自分を楽しみたい」。さまざまな理由の背景には映画や出版物でヌードを目にする機会が増え、抵抗を感じなくなっていることもあるようだ。 京都市上京区のアトリエに日の光が窓から降り注ぐ。クロッキー会の参加者のキャンバスの向こう側。一糸まとわぬモデルが静かにポーズを取る。 派遣する「syo model office」(上京区)代表の吉見祥さん(40)によると、モデルの募集に対し、近年は主婦や学生の応募が増えてきた。18歳から50代の女性数10人が芸術系大学やアトリエ、カルチャーセンターからの要請を受けて活躍している。 2008年5月からモデルを始めた大学生(21)は「きれいだからとかでなく、ありのままの自分を見てほしい」と心境を明かす。 着衣モデルをする友人を見て興味を持った。しかし「恥ずかしいし、自信もない」。2カ月ほど悩んで決心した。「服を脱ぐ瞬間は恥ずかしい。でも『あのポーズは良かった』と言われると、認めてもらった気がします」 モデル歴5年の主婦は「別人になりきり、非日常を楽しめる。ストレス発散にもなります」と魅力を語る。家族も了承しているという。 着衣モデルからスタートした芸術系の大学生(25)は「自分のなかで変化が欲しかった」。家族にはモデルをしているとしか告げていないが「不自然な視線もなく、描く人の気遣いを感じる」と不安はない。「将来の方向は決まってないけど、この仕事をきっかけにしたい」 吉見さん自身も20年ほど前からヌードモデルをしている。短時間で比較的良い収入を得られるため始める人もいるというが「今はいろいろな場面でヌードを見かけ、若い人ほど抵抗がないように思う」と意識の変化を感じている。 |